第602話

 喜ばせようと思うあまり、少しやりすぎてしまったのかもしれない。僕は真っ赤になっている紅葉くれはに頭を下げると、好きという想いと同じくらいに気持ちを込めて謝った。


「ごめん、言われすぎるのも嫌だったよね。少し時間をくれたら、考えてひとつに絞るから」

「……かった」

「え?」

「たくさん言ってくれて嬉しかったわよ! でも、いきなりだったからびっくりしたの」

「じゃあ、ゆっくり言えばいいってこと?」

「それはそれで恥ずかしいわね……」

「僕はどうしたらいいの」


 沢山言ってもダメ、ゆっくり言ってもダメとなれば、もう他に選べる手段がない。

 だったら紅葉を喜ばせたいという気持ちはどうやって発散すればいいのか。そう悩んでいると、彼女は人差し指を一本だけ立てて見せた。


「あとひとつだけ、好きなところを伝えられるとしたら何を選ぶか。それだけ聞かせてちょうだい」


 あとひとつだけ、それはつまり他は全て伝えられないということ。この質問は暗に、一番好きなところを聞いているのだと僕にも分かった。

 だとしたら、真っ先に思い浮かんだものを答えるべきだろう。これまで接してきて、ここがなければ紅葉ではなかったと思えるところだから。


「ツンデレさんなとこr――――――――」

「死にたいらしいわね。いいわ、私を好きなまま棺桶に入れてあげる」

「本気だよ? ツンツンしてても甘えてくる紅葉のことが、本当に好きなんだよ?」

「分かったから黙りなさい。それ以上言ったら大変なことになるわよ」

「大変なことって?」

「わ、私も瑛斗えいとの好きなところ言ってやるから」

「……へぇ」


 その後、「言って欲しいな」と返された紅葉が、口をパクパクさせたものの何も言わず、逃げるように帰ってしまったことは言うまでもない。

 こうなることは何となく分かってはいたけれど、やっぱり試さずにはいられないよね。

 最終的には、追いかけた先で捕まえて、「ひとつだけでいいからさ」と言うまで解放してあげなかったけれど。


「ぜ、全部好き……」

「こうやって意地悪されてるのも?」

「……ばか」

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 家に帰ると、玄関には学校の制定靴が2つ並んでいた。今日も来ているのかなと二階に上がって耳を済ませてみると、奈々ななの部屋から2人分の話し声が聞こえてくる。

 どうやらカナが学校から直接遊びに来ているらしい。2人は正式に付き合うことになってから、以前よりも仲が深まったように感じるよ。

 お兄ちゃんとしては、何かの拍子に一線を超えてしまわないか気が気でないけれど。

 何はともあれ、邪魔しては悪いので忍び足で階段を降りた僕は、まるで初めからいなかったかのように家から姿を消した。そして。


「……あのやり取りの後、よく平気で来れるわね」

「何か問題あった?」

「別に。でも、理由が理由なのよね」


 数分後の僕は、紅葉の部屋に上がり込んでゴロゴロしているところである。

 一線を超えないか心配しているとは言え、もしも超えた現場に出くわすようなことがあれば、一生2人ともから口を利いてもらえなくなる。

 それはそれで困るし、もとよりカナのことは信用しているからね。一番手っ取り早くて安全な避難場所にやってきたというわけだ。


「妹カップルを邪魔しないためって……」

「紅葉に会いに来たって言った方が良かったかな」

「今となっては虚言もいいとこよ」

「まあ、僕を助けると思ってさ。紅葉だってお姉さんが彼氏さんとイチャイチャしてたら、そっとドアを閉じるでしょ?」

「……それもそうね。でも、タダってのも納得がいかないわ」


 紅葉はそう言いながら意地悪な笑みを浮かべると、タンスからいつぞやの赤ずきんちゃんの仮装を取り出してくる。

 そこから赤色のずきんだけを取ると、それを被るように言ってきた。これが居座らさせてもらう代償なのだとしたら随分と軽い気がするけれど。


「ふふ、瑛斗はこれから赤ずきんちゃんよ。物語が終わるまで、役になりきってもらうから」

「僕が赤ずきんってことは……」

「そう、私がオオカm――――――――」

「おばあさん役だね」

「……せめて赤ずきんの母親役にしなさいよ」

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