第601話
「僕はこんなにも真剣に悩んでるのに……」
その言葉にやれやれと首を振った
「そんなこと知ってるわよ、知った上でつまらないって言ってるの。あなたが今感じてること、私はもう半年以上抱え続けてるんだから」
「……え?」
「私だって何も考えずにあなたの隣にいるわけじゃないのよ。いつ誰が私の居場所を奪いに来るのか、ずっと怖かったんだから」
「それは……そうだね。紅葉の方が苦しかったし、長かったんだよね……」
「今もそう。きっと、付き合っても結婚しても変わらないわ。私は自分に
自分で言っておいて悲しい顔をする彼女に、僕は『離れたりしない』と励まそうとして、やっぱりやめた。
今の付き合ってもいないフワフワとした状況でそんなことを言っても、口先だけの言葉にしか聞こえないだろうから。
それに、僕だって感じているのだ。他の人の方が紅葉を幸せにしてあげられるのではないか、と。
だから、彼女が感じているマイナスの気持ちを否定しようなんて思わない。むしろ受け入れた上で、言葉なんか使わずに行動で示そうと思う。
いつまでも不安を拭いきれないとしても、死に別れる時に『ほら、離れなかった』と笑い合える人生の方がずっといいだろうから。
「でも、少なくとも今は私のことを好きでいてくれてるって信じてるわ」
「もちろんだよ」
「だったら今のうちに聞いておこうかしら。瑛斗は私のどこを好いてくれてるのかを」
「どこが好きか? それは――――――――」
言われてみて初めて考えた。確かに世のカップルはよくこの質問をされると聞いたことがある。
ただ、咄嗟に言われてすぐには出てこない。彼女持ちの男はみんなこんな難関試験を突破してきているのかな。
だとしたら僕には少し荷が重いのかもしれない。だって、僕にとって数ある紅葉のお気に入りポイントの中から、彼女が納得する答えを見つけなくてはならないのだから。
「えっと……」
「まさか、無いなんて言わないわよね?」
「そんなことはないよ」
「あ、無いって言ったわね」
「いや、今のは……」
「ふふふ、冗談よ。突然聞かれても言えない気持ちは分かるもの、答えなら明日でもいいわ」
否定する時の慌てようにクスクスと笑った紅葉は、「そろそろ帰りましょうか」と歩き出す。
その瞬間にチラッと見えた横顔が何だか寂しそうで、僕は咄嗟に腕を掴んで引き止めていた。
紅葉が求めているのは明確な答えなんかじゃない。何か一つでも答えを持ってもらえているという安心感なのであると、そう気が付いたから。
「僕は紅葉の真っ直ぐな所が好きだよ」
「っ……」
「自分が正しいと思うことを曲げられない不器用さも、それを信じ続ける強さも大好きなんだ」
「へ、へぇ……そうなのね……」
「他にもあるよ。猫を見るとにゃーって話しかけるところとか、素直になれないのに本音がダダ漏れなところとか―――――――――」
「分かった! もう分かったから!」
夢中で思いつく好きなことを並べていると、突然両手で口を塞がれた。どうしたのかと紅葉の顔を見てみると、今にも火が出そうなくらい赤くなっているではないか。
これは怒られるか、もしくはみぞおちパンチが飛んでくるかのどちらかだろう。そう思って腹筋に力を入れたものの、一向に攻撃は来ない。
その間、ずっとモジモジしている彼女の様子から、僕がその心情を悟って頭を下げたことは言うまでもない。
「ごめん、言いすぎるのも嫌だったよね……」
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