第600話

「お姉ちゃん、一緒に帰りましょう!」

「うん、もちろん♪」


 麗華れいか麗子れいこさんは、まるで離れていた時間なんて無かったかのように、仲のいい双子として手を繋いで帰路に着く。

 そんな幸せな時間を邪魔は出来ないなと少し離れたところから眺めていた僕は、グイッと袖を引かれてその方向を振り返った。


「待たせちゃったわね」

「全然だよ」


 そこに立っていたのは他でもない紅葉で、今日は日直だから少し待っていてと言われたから、大人しく廊下で待っていたのだ。

 どうして教室の中で待たなかったのかについては、以前に黒板を消そうとしている彼女を助けた際、「一人でも出来たわよ」と言われてしまったことが影響している。

 頑張っても届かないものを届かせようとする様を見ていると、どうしても手を出してしまいたくなるのだ。

 今の彼女に対しては、好きという気持ちも相まって間違いなく放っておけない。

 要するに、余計なことをして『身長が高いからって偉そうに……』なんて思われないための対策ということである。


「それじゃ、帰りましょうか」

「うん」


 告白をしたあの日から、紅葉は僕と普通に接してくれている。あくまで友達、それ以上でもそれ以下でもない関係のまま。

 だけれど、やっぱりお互いに意識をするようになったこともある。歩く時の距離もそうだ。

 この前までは気にしなかったし、むしろ心地よい距離感だと思っていたけれど、今は肩や腕が触れるだけで一瞬呼吸が遅れてしまう。

 それは紅葉も同じなようで、「わ、悪いわね」なんて言ってしばらく俯いていた。

 別にこの何とも言えない空気が嫌という訳ではない。彼女が自分のことを好きでいてくれて、自分もその気持ちを大事にしているから。

 ただ、以前と同じようにしようとしても、どうしても出来ないこともある。ハグをしたり、頭を撫でたりと、少し前までは普通にしていた触れ合いだ。

 会話の流れや雰囲気で触れたくなった時、伸ばした手を拒絶するような動きをされると、どうしても変わってしまった何かを認識せずにはいられない。

 いいや、変わったのは紅葉だけではない。もっと触れたいと感じている僕も、彼女とは別の意味で変わっているのだろう。


「ねえ、紅葉」

「なに?」

「僕って、告白のタイミング間違えたのかな」

「は、はぁ? 急にどうしたのよ」

「だって紅葉、ほっぺぷにぷにさせてくれないし」

「それは前から許してないわよ」

「頭も撫でさせてくれないし。もしかして、前から嫌だったとか?」


 思わず口からこぼれた不安という感情に、紅葉は「そんなわけないでしょうが!」と強めに背中を叩いてくる。

 普通に痛いし声は大きいし、だけど彼女の顔に浮かんでいるのは怒りなんかではなくて、焦りの混じった別の何かだった。


「勘違いさせてたなら謝るわ。だけど、そんな勘違いをするあなたもあなたよ」

「……ごめん」

「私がどれだけ瑛斗えいとのことが好きか、わかってもらえてるものだと思ってたのに」

「紅葉の気持ちは知ってるよ。前まではちゃんと分かってたんだけど、最近は少し確信が持てなくて」

「何よそれ」

「だって、僕よりも背が高い人はいるし、顔がいい人もいる。天翔かけるみたいにキラキラしてる人もいるし、どうして僕なのかなって分からなくなるんだ」


 自分で言っていて情けないなと思う。好きな人の好きという気持ちを疑うなんて、最低なことをしている自覚もあるのだ。

 けれど、日を追うごとに再認識を繰り返すこの恋愛感情が強くなっていって、同時に不安も積み重なってより重みを増していく。

 それに押しつぶされそうになっていた僕の項垂れた顔を、紅葉は短いため息と脇腹へのチョップ一発で上げさせた。


「クソつまらないことで悩んでんじゃないわよ」


 ジンジンと痛む脇腹を撫でながら彼女を見つめた僕は、まるで先程の一撃が心の袋に穴を開けたように言葉が溢れ出して来たことは言うまでもない。


「酷いよ、つまらないなんて。僕はこんなにも真剣に悩んでるのに……」

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