第599話

「さすが瑛斗くん、勘が鋭いね♪」


 そう言いながら姿を現したのは、まさに今日学園をお騒がせした女子生徒……麗子さんだ。

 彼女は家族に生きていることを明かしてから、さすがに家族の中だけの話という訳にも行かず、麗華が入れ替わりを告げた時と同じく親戚に頭を下げ回ったらしい。

 そのせいで転入はしたものの始業式には間に合わず、今日が初めての登校日になったのだ。

 まあ、麗華が麗子さんを演じるのをやめた時、表面上では一度退学したことになっているから、色々とややこしいしい噂が立ってるみたいだけどね。

 話を合わせるのか、それとも本当のことを話すのかについては、二人の判断に任せて口出しはしないでおこう。

 何はともあれ、今ここにいる二人は話題の転入生というわけだ。僕が来た時とは随分対応が違うけれど。


「麗子さん、どこから聞いてたんですか?」

「私が知ってるのは、二人が仲良しってことだけかな。何が重要な話でもしてたの?」

「ううん、ちょっと男同士でしか言えないことを言ってただけだよ」

「へぇ、逆に気になっちゃう」


 そうは言いつつも、麗子さんは何かを察してくれたようで引き下がってくれた。

 もしかすると、話を知らないのは本当でも断片的なものが聞こえていたのかもしれない。

 それでも下手に秘密を背負わせるわけにも行かないし、ここは彼女の優しさに甘えて中高生男子特有の下ネタを話していたことにさせてもらう。

 ……何だか、他の人に知られたらこっちの方が深い傷を負いそうではあるけどね。


「ところで麗子さん、初日だけど学校には馴染めた?」

「あ、それボクには聞いてくれなかったやつだ」

「天翔はどう見ても上手くやれてそうだったからね、女の子に囲まれてたし」

「嫉妬かい?」

「いや、仲良くない相手に笑顔を見せ続けるって大変そうだなって」

「……それを言ったらアイドルはお終いだよ」

「じゃあ、本当に辛いの?」

「ふっ、ボクくらいになると何も感じないね」

「楽しくもないんだ……」

「どうして悪い方にばかり考えるのかな」


 天翔は「楽しくなかったら、アイドルなんてとっくにやめてるさ」と言うと、キラキラした笑顔をこちらへ向けてくる。

 これが彼のアイドルスマイルか。ノエルの天使のスマイルほどとは言わずとも、女の子たちがキャーキャー言う気持ちは分からなくもない。

 そんなことを思いながら天翔の真似をしてピースポーズをしてみるも、麗子さんの愛想笑いにやっぱりアイドルはすごいなと思い知らされただけだった。


「話が逸れちゃったけど、何か困ったことがあったら言ってね。麗子さんも天翔も」

「あ、じゃあ私、早速困ってるんだけど」

「どうしたの?」

「瑛斗くんのことが好き過ぎて困ってる」

「……それはどうしようもないかな」


 紅葉のこともあって、会えて少し素っ気ない言葉を返すと、彼女は何だか怖い目でこちらを見ながら歩み寄ってくる。

 麗子さんは実は生きていたことを明かされた時にも言っていたけれど、どうやらずっと僕のことが好きだったらしい。

 普通に考えれば両思いだったはずだけれど、話してみて気が付いたのだ。

 僕がかつて想いを寄せていたのはアンドロイド麗子さんの方で、人間の麗子さんではなかったということに。

 見た目も声も話し方だって同じなのに不思議だよね。どこで違いを判断してるのか、自分ですら分からないくらいだよ。


「十数年ぶりの麗子さんだよ? 再会を喜んで押し倒すくらいしてくれると思ってたんだけどなぁ」

「僕はそんな節操のない事はしないよ」

「まあ、仕方ないか。麗華ちゃんの想い人を奪うわけにもいかないし」

「そこは遠慮するんだね」

「世界でたった一人の大切な妹ですから。でね、実はここだけの話―――――――――」


 ちょいちょいと手招きをされた僕と天翔はその後、しばらく麗子さんと再会した時の麗華について聞かされた。

 思い出のものをちゃんと保管しておいてくれただとか、二人でアルバムを見返して懐かしんだだとか。

 そんな話を嬉しそうに教えてくれる彼女の様子に、困ったことは無さそうだなと密かに安心していたことは自分だけの秘密。

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