第598話

 ついに三学期が始まった。冬休みは色々とあったけれど、今までで一番忙しくて充実した長期休みだったと思う。

 けれど、そんな僕もこれまでに劣らない騒がしさが待っているだろうなと思える光景が、目の前に広がっていた。


「やあやあ、かわい子ちゃんたち」

「か、天翔かける様〜!」

「天翔様が私に声をかけてくださるなんて!」

「違うわ、あたしに話しかけたのよ!」

「落ち着くのよ、天翔様は私たちみんなを平等に扱って下さっているはず」

「「「確かに!」」」


 始業式の時からザワついてはいたけれど、数日経っても天翔の姿を拝もうと集まる女子たちの熱気は収まる気配すら見せない。

 さすがはアイドルだ。もしかしたら、僕が知らないだけでノエルも最初はこんな風に囲まれていたのかな。

 今でも羨望の眼差しで見つめる人は少なくないから、きっとそうだったんだろうね。


「ボクはみんなのアイドルだからお茶は出来ないけど、学校での立ち話ならいつでも受け付けるよ」

「「「「天翔様、優しい〜♪」」」」

「ははは、また会った時はよろしくね」

「「「「は、はい!」」」」


 キラキラとした視線を向ける女子生徒たちに背を向け、クールに立ち去る天翔。

 目の前を通り過ぎていく彼を見つめていると、彼は廊下の角を曲がったところで、僕だけに見えるように手首をこまねいた。

 何か用事でもあるのかと近付いてみると、彼は満更でもなさそうな表情で壁にもたれ、深めのため息をこぼす。


「アイドルってのは、勉強しに来るだけでも楽じゃないね」

「人気なようで何よりだよ」

「でも、ボクが憧れるのはノエルさんただ一人。転入してきたからには、同じ土俵で勝負してもらうからね」

「ああ……そう、だね」

「ん? なんだい、覇気がないじゃないか。もしかしてノエルさんと何かあったのかい?」

「いや、ノエルとってわけじゃないんだけど……」


 ここ数日、麗華れいかともノエルとも話す機会があった。二人はいつも通り接してくれたけれど、それは僕が知らないところで何をしたかを知らないから。

 僕は気持ちを伝えてくれている二人に内緒で、紅葉くれはに告白をしたのだ。秘密にしてくれると言われたものの、やっぱり黙っておくのはモヤモヤして辛かった。

 けれど、紅葉の『こんな勝ち方で満足できない』という意見も尊重したいわけで、誰かに相談することも吐き出すことも出来ないでいた。

 きっと溜め込んだ反動なのだろう。少し勘づかれたと分かった瞬間、張り詰めた風船の表面にプツッと穴が空いてしまったのは。


「天翔、僕はどうしたらいいんだろう……」

「え、瑛斗えいと?! 君がそんな顔をするなんて珍しい、悪いものでも食べたの?」

「そうじゃなくて――――――――――――」


 それから僕は、自分が紅葉への気持ちに気付いたこと、少なくとも今は麗華やノエルの気持ちに応えることが出来ないということを話した。

 天翔は何を言うでもなく静かに最後まで聞いてくれて、伝え追えると同時に「そうか」と短く吐息をこぼす。そして。


「ノエルさんの悲しむ姿を想像すると、ボクはそんな顔をさせる君が憎くて仕方ないよ」

「……そうだよね、ごめん」

「でも、君が自分の気持ちに嘘をつくような男だったなら、アイドルなんて肩書きを捨ててでも殴っていたと思う」

「天翔……」

「ボクは君を倒すために転入したわけじゃない、ノエルさんを手に入れるために来たんだ。君が他の誰かを選んでも、ボクが何倍も彼女を幸せにするから気に病むことは無いよ」


 そう言って背中を撫でてくれる彼の声は、今までで一番優しく聞こえた。

 それは僕の気持ちが落ち込んでいるからなのか、それとも勝ち負けにこだわっていない天翔の本当の優しさなのか。

 真実は誰にも分からないけれど、ひとつだけ確かなことがある。それは。


「ありがとう、天翔。……ところで、さっきから聞き耳を立ててるのは誰かな」


 影に隠れて盗み聞きをしている彼女、三学期に突入したこの学園を騒がしくしたもう一人の人物がそこにいるということだ。


「さすが瑛斗くん、勘が鋭いね♪」

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