第597話

 そんなこんなで、全てが丸く収まろうとしている中。僕はというと、抱えていた懺悔力を使い果たしたおかげで、自分の恋愛感情に素直になることが出来ていた。

 いや、本当はアンドロイド麗子れいこさんと話している時から、自分の気持ちを打ち明けるごとに、その人の姿が心の中ではっきりと捉えられるようになっていたのだ。


 今回の件で僕は色々と考えさせられた。恋の形には色々あるということも、それがいつまでも存在し続けられるわけではないということも。

 アンドロイド麗子さんのおかげで僕の心を覆っていたヴェールが剥がれ、その奥にあった気持ちに気が付くことが出来たのだと思う。

 紅葉くれは麗華れいかもノエルも、みんな大切な存在だけれど、僕がこの世から消えても、姿形を変えてもう一度気持ちを伝えたい相手を想像した時、真っ先に浮かんだのが彼女だった。


「僕は紅葉のことが好きだ」


 放課後の空き教室、そう伝えた瞬間の表情はすまっと忘れられないと思う。

 驚きと嬉しさの入り交じったような、それでいて少し潤んだ目がこれまでの努力を物語っていた。

 ……けれど、そこにあった全てが次のやり取りによって、ロウソクの火を吹き消すように無くなってしまう。


「……瑛斗えいと、本気なの?」

「……多分?」

「多分ってなによ、煮え切らないわね」


 恋愛感情が解放されて、これまでの思い出を振り返るとみんなのことが大切に思える。

 僕はきっと、みんなのことが好きなのだ。でも、そんな答えが許されるはずもない。

 そもそも、紅葉のことが好きかもしれないと恋愛感情レベル0が1に上がった衝動で気持ちで伝えに来たけれど、こんな中途半端な伝え方で上手くいくはずがなかった。

 例え、その言葉が紅葉にとってずっと待ち侘びていたものだとしても。


「私はね、勝負してるの。大好きな瑛斗を自分のものにするための勝負をね」

「……知ってる」

「だったら、私がそんな生半可な勝ち方で満足すると思う? 私じゃなきゃダメだって言わせるレベルでないと受け付けないわ」

「そ、そっか……」

「分かったなら、出直してきなさい。次に告白していいのは、他の女の子のなんてどうでもいいってくらい私を好きになった時よ」


 こうして僕は、人生で初めて振られたのだった。前回の失恋で感じた喪失感はないけれど、前は感じなかった苦しさが胸の辺りにじんわりと広がる。


「胸が痛いのは、ちゃんと好きだって証拠だよね?」

「そうかもね。でも、悲しさで潰れてないならまだまだ足りない」

「ドS紅葉だ……」

「中途半端な告白をしておいて、殴られてないだけありがたいと思いなさいよ」

「……ごめん、肩の荷が降りて舞い上がってたんだ。傷付けるつもりは無かった」

「ふーん? 絶対に私しか選ばないって約束するなら、前借りでキスくらいしてあげてもいいわよ?」

「……絶対かと言われると不安になっちゃうよ」

「こういう時は嘘でも頷くものよ」


 彼女はやれやれと呆れたように首を横に振ったものの、クスリと笑いながら「でも、そういう素直なところは好きよ」と言ってくれる。

 その姿にほんの少しだけ胸がキュッとなるのを感じた僕が、『今はまだ』と深呼吸をして気持ちを落ち着かせたことは自分だけの秘密。


「みんなには今回の告白、黙っておいてあげるわ」

「いいの? てっきり、いつもみたいに麗華たちに自慢するものかと……」

「今ここでジャブを打って、対策されたらストレートを打ってもKO出来なくなるもの」

「なるほど」

「分かったらいつも通りにしていることね。そうしてもらわないと私も不安なの、あなたが私だけって約束してくれなかったから」

「……ごめん」


 また反射的にそう口にしてしまった僕に、ツンと不服そうな唇を尖らせた紅葉。

 彼女は短いため息をこぼすと、めいっぱいに伸ばした手で胸ぐらを掴んで引き寄せる。そして。


「謝るくらいなら好きになりなさいよ、バーカ」


 吐き捨てるようにそう言ってから、くるりと背中を向けて教室から出ていってしまうのであった。

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