第596話
あの後、目を覚ました彼女は麗子さんではなく、日花さんに戻っていた。
もちろん、もう会えないという事実は辛かったけれど、傷が塞がる前にお互い伝えなきゃいけないことは全て伝え合えたからだろう。
目の前にいるのが日花さんであると知った時、自然と『またね』よりも『さようなら』が強く心の中にこだましたのは。
「あたしは……倒れていたのか?」
「」
「こんな機械に頼ろうとした僕が間違ってた。免除してもらえるはずだったお代はきっちり払うよ」
「……いいや、構わない」
「そういうわけにはいかないからさ」
「本当にいいんだ。だって―――――――」
彼女がそう言いながら見せてくれた手首の恋愛発見機を見て、僕は思わず目を丸くしてしまう。
たとえ、麗子さんになっていた時の日花さんが恋愛感情を抱いていたとしても、アンドロイドの体に幸せホルモンが流れることは無い。
だから、この機械が反応を示すことなんて無いはずだと言うのに……。
「振り切れている。あたしはいつの間に恋愛感情を抱いたんだ?」
日花さんの言う通り、左にあったはずの針が右側へ振り切れて戻らなくなっていた。
一体何があったのかは分からないけれど、おそらくこれも先程の故障が発生させた電気が関係しているのだろう。
僕はそう信じることにして、キョトンとする彼女へこう答えたのだった。
「見逃したなんて勿体ないね」
初恋の人がこの世に残した贈り物はきっと、これからもずっと日花さんが大切にしてくれるだろう。
追い求めている恋愛感情が、確かに自分の中にあるという幸せな勘違いと一緒にね。
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アンドロイド麗子さんとお別れした翌日、人間の麗子さんは白銀家のインターホンを押した。
全てが終わった今、これ以上隠れている必要がなくなってしまったから。
事実を聞かされて一番驚いたのは、あの時事故を目の当たりにした麗華だったけれど、嬉しくて泣いた度合いで言うと瑠海さんも負けていなかったらしい。
晋助さんには嘘をついていたこと、親を悲しませたことなどを怒られたものの、その日の夜には飛んで帰ってきた奥さんとおかえり会なるものを計画し始めたとかしていないとか。
一方、麗子さんを巻き込んだ側である叔父さんは、アンドロイド麗子を作り直すという目標を諦め、不要となった政府との取引をやめたらしい。
麗子さんの説得で白銀家による訴えがなかったおかげで、『行方不明状態から帰宅した』ということに落ち着き、お縄にかかることだけは免れた。
ただ、私利私欲のために幼い女の子を利用したこと、学園長の立場を利用したことの責任を取り、春愁学園高校の学園長を辞任。
まだ在校生である奈々が就任する訳にも行かず、この学校はどうなってしまうのかと不安な気持ちで迎えた冬休み明けの新学期。
全校集会にて、次の学園長の挨拶の場が設けられた。……まあ、この学校についてよく知っていて、教員免許を持っていると言うだけで半強制的に任せられた本人は終始不服そうだったけれど。
「私は文科省におけるこの学園の担当者として、前任の学園長の由々しき行為を正すためここに立っている。後任が見つかればすぐに文科省に戻るからな、あまり親しみを持つな」
「ゆいちゃんセンセー!」
「誰がゆいちゃんだ、碧浜学園長と呼びなさい」
「あおちゃーん!」
「あおちゃんもダメだ!」
そんなこんなで、全てが丸く収まろうとしている中。僕はというと、抱えていた懺悔力を使い果たしたおかげで、自分の恋愛感情に素直になることが出来ていた。
いや、本当はアンドロイド麗子と話している時から、自分の気持ちを打ち明けるごとに、その人の姿が心の中ではっきりと捉えられるようになっていたのだ。
だから僕は、その気持ちをすぐに伝えようと彼女を放課後に呼び出すことにしたのである。
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