第593話

 覚悟を決めた僕は翌日、日花ひばなさんの店を訪れることにした。しかし、前回はかかっていなかったはずの鍵が今日はかかっている。

 インターホンらしきボタンを押しても反応がないところを見るに、もしかするとまだ寝ているのかもしれない。

 アンドロイドの睡眠がどうなのかは分からないけれど、人間だと思い込んでいるなら生活リズムはそう変わらないはずだろう。

 そんなことを考えながら、引き返すべきかどうかを迷っていると、ポケットの中でデバイスが震え始めた。

 確認してみれば叔父さんからの着信だ。昨日の今日で何かあったのだろうかと耳に当てて見た瞬間、僕は思いもよらない言葉を聞くことになる。


『日花がボクの所へ来ている……』

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 修理屋から直接学校へ向かった僕は、寄り道することなく学園長室へと駆け込んだ。

 そこには叔父さんと向き合って座る日花さんが居て、何やら真剣な表情をしている。

 来客が僕だと気が付くと、叔父さんは「座ってもらえるかな」と日花さんの隣へ腰を下ろすように促した。


「日花さん、叔父さんから突然来たって聞いたけどどうしたの?」

「……あの時の客。どうして君がここに来る?」

「僕も日花さんを探してたんだ。お店に行ったんだけど、その時に連絡を貰ってね」

「そうか。恋愛発見機は動いたか?」

「ううん、全く」

「……そうか」


 相変わらず近くで見ても人間にしか見えない。この日花さんがアンドロイドだなんて、やっぱり簡単には信じられなかった。

 けれど、あの状況で嘘をつくはずがない。今はただ目的を達成することを考えないといけないけれど、まずは彼女がここへ来た理由を知らなくてはならない。


「あたしがここへ来た理由は、既に学園長に話した通りだ。最近、おかしな幻覚を見ることが多いので治療法を知る知り合いは居ないかとね」

「どうして叔父さ……学園長に?」

「あたしの両親と祖父母は既に他界している。頼れる大人は、この学園に引き入れてくれた学園長しかいない」

「……そっか、ごめん」

「なに、気に病むことは無い。自分の運命くらい、遠の昔に受け入れている」


 彼女はそう言って気まずさを和らげようとしてくれたものの、すぐにこめかみ辺りを抑えて俯いてしまった。

 どうやら、まさに今幻覚を見ているらしい。でも、機械であるはずのアンドロイドも幻覚を見るものなのだろうか。

 もしかすると、故障やウイルスのせいなのでは無いか。僕がそう心配していると、 ゆっくりと顔を上げた日花さんがボソッと呟いた。


「……事故にあったのはあたしの両親だ。なのに、どうして車にかれる記憶があるんだ?」


 その一言を聞いた瞬間、自分の中で点と点が繋がる感覚を覚えた。

 というのも、叔父さんは昨日言っていたのだ。『HIBANAには麗子の部品を使っている』と。

 そして、同時に日花さんの中に眠っている麗子が、僕の気持ちに反応することを期待しているとも言っていた。

 それはつまり、日花さんの中には壊れたはずのアンドロイド麗子が残っているかもしれないということになる。

 だとすれば、事故に遭った記憶をインプットされていない彼女が見ている事故の幻覚の正体は、麗子側の記憶なのではないか。


「この幻覚を見るようになってから、体が思うように動かせない時がある。胸の辺りが痛むんだ、なのにこの恋愛発見機は反応を示さない」

「……」

「学園長、助けて欲しい。追い求めた恋愛感情も知らないまま、消えてなくなるのは嫌なんだ」

「……すまない、日花君」

「学園長……」


 例え真実を知る僕たちに分かっても、本人にアンドロイドであることを伝えられない以上、出来ることは何もない。

 2つの人格を同じ機体に持たせてしまったことは、きっとこれからも彼女を傷つけるだろう。

 それが現実でも諦めるしかないのだ。僕にも学園長にも、どちらかを強制的に削除することは出来そうにないのだから。……でも。


「日花さん、少し外の空気を吸いに行こう」


 麗子さんの部分が大きく前に出てきている今なら、もしかしたらもしかするかもしれない。

 たった一瞬でもいい、僕はこの懺悔力をずっと彼女のために使いたかったのだから。

 その目的を果たそうという一心で、固く握りしめられた日花さんの手を掴み、二人で学園長室の大きな窓から校庭へと飛び出したのだった。

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