第592話
腕から外した時計……いや、恋愛発見機を差し出すと、叔父さんはそれを興味深そうに眺めてから僕に返した。
本当は装着してみたかったみたいだけれど、僕の血を採取したものを使うのはあまり良くないと思ったのだろう。
「彼女はこんなものも作るようになったのか」と言いながら、どこか寂しげな表情を見せる。
それはまるで、
「
「いや、彼女は不登校になったんじゃない」
「どういうことですか?」
「あの子は一度も学校に来たことがないんだ」
「でも、本人が久しく行ってないって……」
「それは……彼女にはそういう記憶があるからだよ。思い込んでいるだけなんだ」
言葉で聞いても訳が分からない。記憶はあるのに、それが真実ではないなんておかしい。
人間、普通でないことには理由を求めてしまうもので、僕の場合はそれが病だった。
脳に何かしらの病を抱えていれば、記憶が書き換えられてしまうことも有り得るかもしれない。かろうじて、そう思えたから。でも。
「会った時、彼女は何か言っていなかったかい? 普通の人とは違うということを」
「いえ、恋愛感情がないってことだけです」
「
「……僕は人形なんですか?」
「君の場合は特殊なんだ。存在するはずの恋愛感情を過去に対する後悔が無意識に押さえつけている。でも、あの子は違う」
「本当に恋愛感情が……?」
僕の問いかけに、叔父さんはゆっくりと頷いた。でも、もし本当にそうなら矛盾点がある。
だって、恋愛無関心だってランク判定に大きなマイナスになるはずなのだ。それなのに日花さんはS級だと言っていた。
それは他の要素がずば抜けて減点分を補っているのか、もしくはそもそもS級ということが嘘かの2択なのではないだろうか。
そう疑問を投げかけてみると、叔父さんはそのどちらにも首を横に振る。
「彼女は恋愛感情は持っていないが、恋愛無関心ではない。恋愛が何かを知りたいという気持ちがあるからね」
「もう、クイズか何かをやってる気分です。頭が混乱してきました」
「それなら、答えを教えてあげよう。梶 日花がどういう存在なのか」
「お願いします」
数秒間お互いに目を合わせて覚悟を確認し合うと、叔父さんも意を決したように机の中からとある紙を取り出して広げる。
そこには何かの設計図のようなものが描かれていて、素人に分かるものが何一つとして無い。
ただ、左上に書かれた名前にだけは見覚えがあった。『試作品 HIBANA KAZI』と。
これは他でもない、日花さんの……アンドロイドであるHIBANA KAZIの設計図なのだ。
「日花さんが……人間では無いということですか?」
「ああ。しかし、本人もそのことは知らない」
「どうして教えないんですか?」
「君は自分がロボットかもしれないと騙されかけた時、決していい気はしなかっただろう?」
「……はい」
「それは彼女も同じだ。作り物の記憶を入れてしまった以上、あの子にとってあの体は17年間生きてきた人間と変わりないんだよ」
「だったら、どうして今更僕が手出しをする必要があるんですか」
「……彼女はね、アンドロイドの方の
叔父さんは「初めは消去する予定だったんだよ」と呟くと、スマホの画面に映る自分と日花さんの写真を見つめながら深いため息を零す。
聞いた話によると日花はあくまで試作品で、アンドロイド麗子にもあった人の感情を模倣する部品の質が悪かったらしい。
アンドロイド麗子が復活させられる段階になれば、分解して他の部品をリサイクルすることで費用を安く済ませようと考えていた。
ただ、感情こそ薄けれど、組み込まれた記憶に忠実に生き、存在しない祖父の存在しない意志を継いで修理屋に立つ姿を見れば、今更リセットボタンを押すことは出来なかったそうだ。
「日花は純粋で、真面目なアンドロイドだ。頭だっていいし、恋愛感情に対する探究心も強い。S級判定は妥当だ」
「人間でなくとも、ですか」
「アンドロイドに恋をした君がそれを言うとは面白いね」
「それもそうですね」
S級の問題を解決することが制度の成功への道だと言うのなら、日花さんを避けることは出来ない。
そして、それが出来るかもしれない人物が自分しかいないということも既に理解した。
だったら選択肢はひとつしかない。いや、初めから選ぶ必要すらなかったのだろう。
「チャレンジはしてみますよ」
初恋の相手が彼女の体の中に眠っているのだから。やるべきことは10年以上前から決まっていたのだ。
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