第590話

 腕を組んで仁王立ちする麗子れいこさんと睨み合うこと十数秒。短い時間のはずなのに、僕の頭の中には色々なことが駆け巡っていた。

 いくら初恋の相手であろうと麗華を苦しめることは僕が許さないし、そもそもみんなだって入れ替わればすぐに気付くはずだ。

 麗子さんは僕を見てきたみたいだけれど、色々なことを共に経験して積み上げてきたものは、観察学習では補えないだろうし。

 そう改めて歩んできた日々を思い返していると、真剣な顔をしていた麗子さんが突然ぷっと吹き出した。


「ふふ、なんちゃって。悪役みたいだったでしょ」

「ど、どういうこと? 本心じゃなかったの?」

「当たり前だよ。可愛い妹に手を出せるわけが無いし、やったところで瑛斗くんにバレてるなら意味ないもん」

「じゃあ、太陽の下に戻れるって言うのは……」

「それは本当。だって、そもそもこのアンドロイドの研究は火ヶ森ひがもりさんが政府に話を通してることだからね」


 彼女によると、離れ離れになるきっかけとなったあの事故でアンドロイドは壊れてしまい、研究を進めるには多額の修理費用が必要だったらしい。

 ただ、当時の叔父さんにそんなお金は残されておらず、国の支援を得ようとしたものの、本人の同意を得てはいたとしても麗子を拉致したことを話さないという道は無かった。

 それでもアンドロイドの研究を進めることは、国家事業にもしたいほどに優先すべきこと。犯罪者に肩入れするようなリスクを犯す意味があると判断する者も少なくはなかったそうだ。そして。


「支援をするには、別の国家事業である『恋愛格付制度』を成功させろと言われたんだ。この春愁学園高校でね」


 重かった口をようやく開いた叔父さんの目は、秘書さんを平気で口説いている男だとは思えないほど真っ直ぐに僕たちを見つめていた。

 麗子さんを死んだことにしてしまったことも、目的のために僕たちを巻き込んだことも、間違ったことをしているという事実は変わらない。

 それなのに、その瞳には自分の信じた道しか見えていないようで、僕も奈々ななも闇雲に否定することが出来なかった。


瑛斗えいと君を利用させてもらったのは、君が麗子さんに対する罪悪感をという形で発散しようとしていたからだよ」

「僕は人に優しく誠実であれば、あの日の嘘が許されると思いたかったんです」

「この学園のS級の生徒は設立当初から問題を抱えた子が多くてね。恋愛に向いているはずの子が、色々な理由で恋愛から目を背けるんだ」


 叔父さんはそう言いながら取り出した資料を机に並べていく。その右上に貼り付けられた写真に写る人物は、全員がよく知っている相手だ。



紺野こんの 千聖ちさと

 モデルを務める程の容姿と生まれつきの幸運体質を持ち合わせており、異性からの評判も良いためS級判定は妥当。

 しかし、体質によって何をしても褒められてしまうことに対する反動で、罵られたいという欲求を密かに抱えている。


桃山ももやま 萌乃香ものか

 少々鈍臭い部分はあるものの、異性だけでなく同性からも愛される笑顔と努力家な一面から、S級判定は妥当。

 しかし、生まれつきの不幸体質に悩まされており、昔よりは前向きになったようだが、周囲の人間の接し方によっては改善の必要がある。


黄冬樹きふゆぎ イヴ】

 人気上昇中のアイドルグループに所属する黄冬樹ノエル(本名 黄冬樹 イヴ)の双子の姉。本名は黄冬樹 ノエル。

 現在は物静かな性格を演じているようだが、本来は妹に負けず劣らずの明るい生徒。

 容姿や声などは恋愛的評価が高く、何でもそつなくこなす器用さも考慮するとS級判定は妥当。

 しかし、双子間での入れ替わりとすれ違いについては早急な対処が必須だろう。



「えっと、これは?」

「君を転入させる前、私が作ったリストの一部だよ。彼女たちは制度にとって必要不可欠であると同時に、失敗の要因も抱えていたんだ」


 叔父さんはまだ残っていると残りの資料を広げると、「じっくり見るといい」なんてイスに腰を下ろしながら勧めてくる。

 友人たちの情報を読むというのは不思議な感覚があるけれど、きっと叔父さんと麗子さんの話を理解するには必要なものなのだろう。

 そう割り切って、新たに置かれたものの中から一枚を手に取って目を通し始めたのだった。

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