第588話

 叔父さんが見せてくれた画面に映っていたのは、数値が2000近くある『恋愛無関心度』では無かった。

 そんなものはどこを探しても見つからなくて、僕は「数値の名前を書き換えていたんだ」という言葉で、それが恋愛無関心の皮を被っていた状態なのだと察する。


「……懺悔ざんげ力?」


 懺悔とは、それぞれの宗教における神、聖なる存在の前にて、罪の告白をし、悔い改めることをいうはず。

 誰もが想像しやすいものと言えば、教会の懺悔室でシスターに悪い事をした人がその行いについて告白するシーンを創作の中で見たことがある。

 他にも、仏様の前で手を合わせ、心の中で自らのしたことを洗いざらい話すことも懺悔だ。

 つまり、懺悔力とは自分の行いを悔い改める力のことを指すはず。であれば、僕は何かを悔い続けていることになる。

 ……思い当たる節があるとすれば、あの時のことしかない。幼き日、約束を破って永遠のお別れになってしまったあの人のことだ。


「瑛斗君は以前、初恋の相手について聞かせてくれたね。あの話、ボクは昔から知っていたんだ」

「どういうことですか?」

「あの女の子が君と仲良くなるように仕向けたのが、実はボクだったと言えば分かるかな」

「……どうして叔父さんが?」

「君たちには伝えたことがなかったけれど、ボクの本業は学園長では無くてね」


 叔父さんがそう言うと、秘書さんが開けた奥の扉からマネキンのようなものが何体か出てくる。

 それらは全て特徴のない顔や体型をしているけれど、動きだけを見れば機械だとは思えないほどに人間味があった。


「こういうアンドロイドを作るのが本来の仕事なんだよ。人間社会に溶け込めるような完璧な作品つくりものをね」

「それが僕と何の関係が?」

「瑛斗君、どれだけ言葉や動きを覚えても、機械が人間になれない理由が分かるかい?」

「……分かりません」

「正解はね、恋愛感情を抱かないからだよ」


 叔父さんはそう言いながらアンドロイドに歩み寄ると、そっと肩に手を乗せて見つめる。

 すると、目のように見える部分がその姿を認識し、「火ヶ森ひがもりサン、アイシテル」と心のこもっていないセリフを口にした。

 確かにこれでは恋心をデータとして教えただけで、それはどう足掻いても決められた気持ちでしかない。

 誰かの言葉で揺れたり、折れたり、燃え上がったりするように変則的であるはずの恋愛感情がそこに存在していないことは明らかだ。


「そして瑛斗君との関係だったね。そう言えば、君も恋愛感情が分からないのだろう?」

「……それはつまり?」

「ふふ、君も彼らと同じくアンドロイド…………なんてのは冗談だよ。幼い頃の記憶がある君は成長しない機械とは違うよ、記憶を埋め込まれたりしていない限りはね」

「要するに何が言いたいんですか」


 遠回りばかりする叔父さんに痺れを切らして踏み込むと、彼はこほんと咳払いをしてから話を本筋へと戻してくれる。

 ただ、それは幼き日の僕も今の僕も、一度たりとも考えたことのなかった真実で―――――――。


「君はあの頃、二つの存在と出会っていた。本物の女の子と、そっくりなアンドロイドの女の子だ」

「どういうことですか……?」

「言っただろう、人間社会に溶け込むことの出来る作品を作ると。違いに気付かれるかどうかも確かめる必要があった」

「じゃあ、僕が好きになったのはどっちなんですか」

「さあ、そこは研究の対象外だ。しかし、これだけは言える。彼女アンドロイドは瑛斗君に恋をしたよ」


 理解が追いつかなかった。初恋の相手がもしかしたら人間ではなかったかもしれない上に、その機械が自分を好きになっていただなんて。

 そしてそれを作ったのが叔父さんで、だけど彼女は事故で亡くなったはず。あまりにも一度に飛び込んでくる情報量が多すぎだ


「恋をしたから、壊れてしまったんだ。恋を数値で表そうとした結果、メモリの大半を圧迫してしまってね」

「それで、事故に巻き込まれたんですか?」

「ああ、本来は稼働するはずの危険予測装置が停止してしまっていたんだ。だから、双子の妹が投げたボールを拾いに行って車にねられてしまった」

「……え?」


 それを聞いた瞬間、僕の中で何かが繋がった。初恋の相手には双子の妹がいて、ボールで遊んでいた時に事故に遭った。

 ただ、その時の彼女は人間の方ではなくてアンドロイドだったということは、人間の方は生きているはずなのではないか。

 ……いいや、この繋がった感覚の先端はそこではない。僕は知っているのだ、双子の姉を事故で亡くした妹のことを。

 だから、「その子の名前、聞きたいかい?」という質問に頷いた時には、返ってくる答えにほぼ確信を持ってしまっていた。そして。


「彼女は白銀しろかね 麗子れいこ。君の親しい友人にとって、死んだはずのお姉さんだ」


 先程アンドロイドが出てきたドアから姿を現した麗華と瓜二つな彼女を見て、僕も奈々も目を疑うことしか出来なかったことは言うまでもない。


「久しぶりだね、瑛斗くん」

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