第587話
翌日、僕は
叔父さんにだって人の心があるなら、甥っ子と姪っ子の頼みを聞きいれて、こんなおかしなことはやめてくれるはず。
そう信じてここまでやってきた。しかし、学園長室の前までやってきた二人は、扉の向こう側から聞こえてきた声にノックしようとしていた手を止める。
『計画は順調でしょうか』
『あと少しなんだけどね、なかなか思うようにいかないんだ』
『こちらから何かしらアクションを起こし、予定通りにことが進むよう促しますか?』
『それもいいかもしれないね。ただし、
『彼には少し、辛い現実だろうから』という言葉に、僕はすごく嫌な予感を覚えた。
何かを察したとか、思い当たる節があるとかでは無い。辛い現実という言葉だけで、何故か心を抉られたような気がしたのだ。
それはもう、胸を締め付けるものの正体を知りたいあまり、声を潜めていたことも忘れて部屋の中へと飛び込んでしまうほどに。
「叔父さん、どういうことですか」
そう言いながら入ってきた僕に、叔父さんも話し相手であった秘書さんも驚いた顔をした。
しかし、すぐに表情を戻すと、「何のことかな」ととぼけて見せる。誤魔化しても今更遅いというのに。
「全部聞いてました。計画があるってことも、僕に知られてはいけないことをしてるって話も」
「……君は普通に過ごしていればいい」
「教えてください、僕に何を隠してるんですか」
「知らなくていいことだよ」
「もしかして、奈々との賭けに関することですか?」
僕の質問に、叔父さんの頬がほんの少しだけピクリと動いた。図星だったらしいね。
でも、そうだとしたら隠す必要なんてない。僕は奈々から全て聞いているのだから。
それを伝えてみたけれど、賭けを中止にして欲しいというお願いを口にした瞬間、「ダメだ」の一点張りで何も聞きいれてくれなくなった。
奈々が学園長の跡継ぎになると言っても首を横に振り続けたところを見るに、二人の間で行われた賭けはあくまで表面上のもの。
恋愛禁止を設定し、それを破らせた先に本当の目的があると考えていいだろう。
「僕は恋愛禁止を解いてもらいたいんです。そのためなら何でもするつもりです」
「何でも?」
「はい、どんな現実も受けいれます」
「……いいや、やっぱりダメだ」
「叔父さん、僕には知らなきゃ前に進めない理由があるんです。もう目を背けないって決めたから」
「瑛斗君……」
「お兄ちゃん……」
僕の真っ直ぐな瞳を見つめた叔父さんは、きっともう誤魔化し切れないと思ったのだろう。
渋々といった様子でため息をこぼすと、「君が事実を知っても手伝ってくれるのなら全てを話そう」と言ってくれた。
もちろん、ここまで来たら逃げも隠れもしない。その意志の固さを示すように、ゆっくりと力強く頷く。
すると、叔父さんは数値を測る例の機械を取り出し、たった今僕を測定して出た結果を直接付属の画面から見せてくれた。
どの数値も初めに見た時から大きく変わっているものは無く、それだけを見ていれば何故突然測られたのかが分からない。
しかし、一番下に表示されている数値だけは知らないものだった。もしかすると、これが叔父さんの見せたかったものだろうか。
そう思っていると、横から画面を覗き込んだ奈々はおかしなものでも見たかのように首を傾げていた。
「あれ、恋愛無関心度は?」
「あ、そう言えば見当たらないね」
「S級の女子生徒に公開されたお兄ちゃんのプロフィールにも、隠されていたはずの恋愛無関心度の項目は載ってたはずなのに」
「まさか、恋愛無関心じゃなくなったってこと?」
最近は恋愛について知ろうとしているし、恋愛を知らずとも無関心でないという判断をされたとておかしくはない。
そう期待したのだけれど、答えを求められた叔父さんは首を横に振ってそれを否定した。
「瑛斗君は初めから恋愛無関心なんかじゃない。数値の名前を書き換えていたんだよ」
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