第586話
これ以上デートの時間を削ってもらうのも悪いし、何より恋愛感情を知るよりも先にやるべきことが出来てしまったから。
叔父さんと賭けをしている人物を見つけ、それを中止させることだ。もしそうなれば、僕に恋愛禁止を課す理由も無くなるはず。
そうして恋愛可能な状態にしておくことが、そもそも彼女たちの想いを知った後、一番初めにやっておくべきことだったのだ。
会長との会話で容疑者に浮上した人物は限られている。その中でも一番怪しい人物に、今晩話を聞いてみることにした。そして。
「賭け、してるよね」
「……してるよ?」
―――――――――――あっさり言質が取れた。
それはもう拍子抜けするくらい簡単に。「というか、まだバレてなかったんだ」という言葉も追加で。
確かに『僕に恋愛して欲しくない理由』があって、『以前から僕のことが好き』で、『近しい人物』という条件全てに当てはまるとは思っていた。
けれど、こうもストレートに決まってしまうと、人間誰しも逆に疑い深くなってしまうものだ。
「
「今更嘘ついても仕方ないよ。私、お兄ちゃんに諦めるように促されちゃったし」
「それはごめん……」
「いいのいいの。お兄ちゃんが気付いたならちょうど良かったし、叔父さんにも降りるって伝えに行こうかな」
「大丈夫? 賭けってことは、負けた時に何かペナルティがあるんだよね?」
「平気だよ、叔父さんの跡を継いで学園長になるだけだから。元々そんなに嫌がるようなものでもなかったし」
「奈々が学園長?
「うん♪」
元気よく頷きながら胸を張って見せる彼女に、僕はもう一度「本当?」と聞いてしまう。
さすがにしつこかったのか、「嘘じゃないもん」と頬を膨らませられてしまったけれど、やっぱり簡単には信じられないよね。
だって、僕に恋愛禁止を課した理由が、奈々に跡継ぎを任せたかったからってことになるんだから。
初めから僕に相談してくれれば、少しは考えたかもしれないのに。多分、そんな器じゃないから断ったと思うけれど。
「ちなみに、賭けに勝ったら?」
「お兄ちゃんと二人で住める家を買ってもらう予定だったよ。でも、それももう必要なくなっちゃったからね」
「必要ないってどういうこと?」
「私、お兄ちゃんのことキッパリ諦めることにしたの。その代わり、カナちゃんと住む家が必要になるかもだけど」
「……え?」
「今日ね、正式に告白された。一応考えさせてって答えたけど心は決まってる」
奈々はそう言いながらスマホを取り出すと、カナとのトークを開いて何かを送信する。
僕に見せてくれた画面には、『明日、話したいことがあるの』という一文が今送られたばかりだった。
「ずっとお兄ちゃんしか見えてなかったけど、強引に振り向かされてようやく、私の傍にはこんなにも素敵な人が居たんだって気付かされちゃった」
「奈々……」
「私、幸せになってもいいかな」
「いいに決まってるよ。お兄ちゃんは応援する、カナなら元彼みたいに酷いことをしたりしないって信じられるから」
「えへへ、ありがとう♪」
その時、抱きつきながら口にした「お兄ちゃん大好き!」という言葉は、明らかに少し前までとは違っていた。
異性としてではなく、実の兄に向けた愛情表現。離れてしまったような気がして寂しさは感じるけれど、それ以上に前に進んでくれたことが嬉しくて堪らない。
僕は奈々よりも強く抱き締め返すと、いつかの結婚式で流す用に取っておいた涙の内のほんの少しだけを密かに零したのだった。
「だから、お兄ちゃんも幸せになってね」
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