第585話
「やはり、好きにさせる努力は出来ても、好きになる努力は不可能ではないだろうか……」
会長のその言葉に、僕はやっぱりそうなのかと肩を落とす。自分でも薄々気がついてはいたのだ、恋愛は自然に生まれはしても、意識して作るものではないことくらい。
それでもバケツくんに言われたように、僕は
なるべく早く答えを出そうとするあまり、その答えが本物であるかどうかにまで気が向いていなかったのかもしれないね。
「まあ、そうですよね」
「恋愛感情は自然と産まれてくるものだ。私が
「長い時間、ですか」
「彼女たちにとって、この一年は君を好きになるに十分な時間だったことは間違いない。あとは君自身がどうなのかになるが……」
会長はそう言いながら僕の目を見つめると、ひとつため息を零してから浜田先輩の方へと顔を向ける。
そして「少し席を外してくれないか」と伝え、首を傾げながらも了承してくれた彼がお手洗いへと向かったのを確認してから話し始めた。
「君は、S級の彼女たちが君に近付いた当初の目的を既に知っているだろう?」
「はい。ゲームだとか勝負がどうとか」
「だったら話しても問題は無い。あれは学園長が始めたもので、君に言い渡された『恋愛禁止』を破らせるためのものだ」
「学園長が絡んでいることは察してましたけど、何のためにそんなことを?」
「前々から私はそこを怪しんでいた。単なる娯楽のためとは思えないんだ、何せS級の女生徒全員が駆り出されたわけだからな」
「つまり、そうまでして僕に恋愛をさせたい理由があった……」
「そうなるな」
会長に言われるまで気が付かなかったけれど、学園長もとい叔父さんには何か裏があると考えた方がしっくりくる。
そもそも、恋愛禁止を条件にしたのは向こう側なのだ。僕が無理を言って付けてもらった足枷ではない。
だから、叔父さんは自分で用意したものを自分で壊そうとしている。傍から見れば奇行でしかないのだ。でも。
「その理由、学園長も誰かと勝負をしていると考えるのが妥当だとは思わないか?」
会長のこの一言を聞いて、僕の中で何かが繋がったような気がした。
確かに僕が恋愛をすることが勝利条件の賭けをしているとすれば、女子生徒を差し向けたことも頷ける。
それに、思い返してみればイヴとノエルの入れ替わりを示す資料を、僕が見てしまう可能性のある机の上に置きっぱなしにしていたのも叔父さんだ。
あれがなければ、きっと2人が仲直りをすることも、僕が2人の嘘を見抜くこともなかっただろう。
……いや。もっと遡れば、学園への転入を提案してきたのもあの人だったはず。もしかすると、その頃から勝負は始まっていたのかもしれない。
「だとしたら、勝負相手は誰なんでしょう」
「それは分からない、可能性のある相手が多すぎるからな。ただ、間違いなくその人物には君に彼女ができて欲しくない理由があるはずだ」
「じゃあ、ゲーム参加者の誰かじゃ……」
「いや、ゲームが発表されたのは転入してきた後。その時点で君に好意を寄せている人は、今と同じではなかったはずだろう?」
「確かに、あの頃なら紅葉も麗華も外れますし、そもそもノエルとは出会ってもいません」
「必ずしもそうだとは言いきれないが、転入させてまで巻き込んだ君が完全に無関係だという方が不自然じゃないか」
会長の考えは確かにその通りで、僕も叔父さんと勝負をしている人物が近しい者のような気がしてきている。
しかし、はっきりとした答えが出る前に時間潰しに限界の来た浜田先輩が帰ってきてしまって、結局真相への道筋は分からぬままになるのであった。
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