第584話
カフェへと入った僕は、窓際に腰かける一際オーラを放った女性がこちらを見ていることに気がついて反射的に頭を下げた。
会長は今日という日を楽しみにしていたと言わんばかりにおめかしをしていて、それを邪魔しているという自覚が目を合わせることを拒んだのだ。
それでも相変わらず楽観的な浜田先輩はさっさと行ってしまうし、きっと今更逃げる方がマズイだろうから僕も後に続くしかない。
「待たせて悪かったな、
「ああ、それは構わない。しかし、いきなり連れがいるというのはどういうことだ?」
「さっき偶然会って、悩みがあるらしいから連れてきたんだ。先輩二人がかりなら少しはアドバイスできるだろ」
「そのためにデートの時間を削ってもいいと、
「おう!」
元気に返事をする声に、会長の表情が若干曇った。それはそうだ、単なる後輩の悩みと彼女とを比べて前者を取られたのだから。
会長だって好きな人の前では一人の乙女。わがままを言いたくなる気持ちもあるだろうし、これはもうお叱りを覚悟しておくべきだろうね。
僕が心の中でそう呟きながら歯を食いしばる準備をしようとしていたその時、彼女が出した答えは意外なものだった。
「まあ、いいだろう。浜田が連れてきたのなら、私も文句は言わん」
「……いいんですか?」
「何せ、私は君に恩を感じている。悩みがあるというのなら、聞いてやりたいというのが本音だ」
「ありがとうございます」
僕が再び頭を下げると、浜田先輩が『ほらな!』と言いたげな顔で親指を立ててきた。
確かに、会長は先輩のことになると人が変わると思っていたけれど、後輩の声に耳を傾けてくれる優しい人でもある。
やっぱり信じるって大事なことなんだね。愛するもの同士ゆえの信頼なのかな。……いや、僕が会長を怖がり過ぎただけか。
「まあ、とりあえず座って話そう」
「はい、お邪魔します」
「邪魔するなら帰って、ってな!」
「浜田、お前が連れてきたんだろう? 帰ってとはなんだ、失礼にも程がある」
「いや、今のはギャグというか……」
「……ふふ、それくらい分かっている。お前の慌てて弁明する顔、傑作だったぞ」
「咲優、お前なぁ!」
並んで座るなりすぐにイチャつき始める2人を、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした僕は、そっと存在感を消して眺める。
恋人というのはみんなこんな感じなのだろうか。確かにバケツくんたちもすぐイチャついてたよね。まあ、幸せならOKかな。
「おっと、済まない。君の悩みを聞く場だったな、教えてもらえるか?」
「悩みというか、相談なんですけど」
「構わない。答えられることなら答えよう」
「えぇ、俺の質問には答えてくれなかったのに?」
「答えずとも察しろ、鈍感野郎」
「先輩、どんな質問をしたんですか?」
「これまで何人彼氏いたかって」
「……それはさすがに察した方がいいですね」
「
「会長に加担した方が得しそうですし」
「ふっ、賢明な判断だな」
会長はドヤ感を滲ませた表情で浜田先輩の方を見たかと思えば、ハッと本来の目的を思い出して逸れた話題を元の軌道へと戻してくれる。
「相談の内容なんですけど、お二人はお互いにどうやって好きになったんですか?」
「なるほど、恋愛相談か。それなら私たちに聞くのも頷ける。一体誰を好きになったんだ?」
「いえ、好きになってからの相談ではないんです。好きになるにはどうしたらいいのかというものでして」
「……それは、なかなか難しい話だな」
さすがの会長もこの質問への答えはすぐには思いつけそうに無いようで、しばらく悩んだ後に出てきた答えはお世辞にも良いとは言い難いものだったことは言うまでもない。
「やはり、好きにさせる努力は出来ても、好きになる努力は不可能ではないだろうか……」
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