第583話
そこで恋愛に関する本を買い集め、まずは恋がどういうものなのかを知ることにしたのだ。
手首に装着されたこの恋愛発見機を正しく使うためにも、自分のことを正確に知るためにも必要なことだろうからね。
「これくらいでいいかな」
手持ちはあまり多くは無いので、良さげな3、4冊を選んでレジへと持っていく。
そこで会計待ちの列に並んでいると、先にレジを抜けた人物と目が合ってお互いに「あっ」と声を漏らす。
何せ、その相手は知っている人だったから。彼は『向こうで待ってる』とジェスチャーをすると、本屋の出口へと向かっていく。
僕も早めに会計を済ませると、本の入った紙袋を持ってすぐに後を追いかけた。
「こんなところで会うなんて奇遇だな、
「そうですね、
彼は料理部の部長で、みんなの憧れである生徒会長の
手には先程購入したと思われる料理の本が握られていて、待っている間に読み始めたのか既に付箋がひとつ付いている。
「あれから会長とはどうですか」
「これからデートする予定だ」
「アツアツですね、ひゅーひゅー」
「あはは、茶化さないでくれよ」
浜田先輩は「まあ、常に保温中だけどな」なんて自分で言っておいて、照れたように後ろ頭をかいた。
どうやら二人の関係は思ったよりもいいものらしい。結ばれるきっかけに関与した者としては、この上ない吉報だね。
「ところで、随分と沢山買ったんだな」
「少し調べたいことがありまして」
「ちょっとタイトルが見えたんだが……恋愛について知りたいのか?」
「はい。僕、人を好きになる気持ちが分からないので。先輩たちが幸せそうなのを見ると、胸が温かくはなるんですけど」
僕の言葉に「なるほどな」と頷いた先輩は、顎に手を当てて少し何かを考えた後、スマホを取り出して誰かにメッセージを送信した。
それから僕の腕を掴むと、「さあ、行くぞ」とどこかへ向けて歩き始める。
「いや、これからデートなんですよね?」
「おう。だから、
「待って下さい。そんなことしたら、僕が浜田先輩大好きな会長に殺されます」
「大丈夫大丈夫! その時は俺も一緒にぶん殴られてやるから、な?」
「殴られたくないから言ってるんですけど」
会長は落ち着いているクールな女性に見えて、浜田先輩のことになると人が変わるからね。
嫌われたと勘違いした時は子供のように泣いたし、恋心を見抜かれた時は分かりやす過ぎるくらいに取り乱していた。
デートを邪魔されたとなれば、きっと僕なんてひとひねりで終わってしまう。学園遊戯系のラノベなら、奴隷というプレートのついた首輪をつけられて踏まれるレベルの大罪だ。
「お前は俺たちの恩人だろ? さすがにこれくらいで怒ったりしないって」
「そりゃ、あの時はお節介焼きましたけど、恩人にも限度と有効期限があると思うんです」
「いいから来い。これは部長命令だ」
「いつから僕は料理部に入ったんですか」
「今でしょ」
「随分と横暴な林修が出てきましたね」
「今でしょ」
「2回やれば中和されるとかありませんから」
ちょっとムカつく顔で言う先輩は、最終手段として僕から本を取り上げて歩き出してしまった。
一緒に来ないと返さないという意思表示なのか、時折振り返っては手を
「わかりましたよ、行けばいいんですよね」
さすがに1冊がそこそこの値段したものを見捨てるわけにもいかず、渋々駆け足で追いついて隣に並ぶ。
デートの邪魔をするのは気が引けるけれど、恋愛でも先輩である2人の話が聞けると言うことは、自分にとって大きなことだろう。
無理やりにでもそう思うことにして、これ以上文句を言うことなく会長の待つカフェへと入ってのであった。
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