第582話

「恋愛発見機?」

「まあ、ネーミングは借りだ。実用化出来るようなら、もう少しセンスのある人の意見を聞く」

「何でもいいと思うけど、これは何が出来るの?」

「嘘発見機は知ってるだろう?」

「一応名前だけは」

「あれは心拍数や脳波を検知したり、時には嘘をついた時に出てくる汗を利用し、微量の電気を用いて真実を見抜く機械だ」


 日花ひばなさんはそう言いながら、恋愛発見機の横にある出っ張りを押し込むと、装着している部分へチクリと僅かに痛みが走った。

 まるで針を刺されたような感覚に首を傾げていると、彼女はもうひとつ同じものを持ってきて仕組みを見せてくれる。


「今、君の皮膚の表面にほんの少しだけ針を刺させてもらった。この機械は本人の血を使うのでね」

「血? 危ないものじゃないよね」

「もちろん、余程舐めるように見なければ分からない程度の傷だ。あたしの手首にもついているが、気が付かなかったろう?」

「……うん、言われても分からないかな」


 日花の説明によると、血中に含まれるアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなどの変化を感じ取り、機械がそれを教えてくれるらしい。

 ちなみに、アドレナリンは好きな人を見てドキドキしたり、緊張させたりする成分。

 セロトニンは好きな人の前で舞い上がったり、独占したいという気持ちを芽生えさせる成分。

 ドーパミンは先に述べた2つの成分が増えすぎた時、落ち着かせる働きをする通称幸せホルモンなんだとか。


「オキシトシンを測れれば一番簡単だったんだけどね。残念ながら、血中に含まれる量が少な過ぎて、脳に直接突き刺す必要があるんだ」

「それは勘弁してもらいたいね」

「だから、比較的測りやすい3つを選んだ。これらのバランスによって針が動くようになっている」

「つまり?」

「まだ試作品ではあるが、君には左にある針を7つ目の線よりも右側まで動かしてもらいたい」

「もっと簡単に言うと?」

「好きな人に会って来いってことだ」


 そう言って出口の方へ視線を向ける日花。早く行ってこいという意味らしいけれど、僕にはまだ確認しておかなければいけないことがある。


「その好きっていうのは、友達としてでもいいのかな?」

「いいわけあるか。恋愛発見機だと言ったはずだ」

「だとしたら、僕は好きな人いないよ」

「なら作ってこい」

「もし断ったら?」

「断れる状況の奴の手首に針を刺したりはしない」

「だよね」


 これまでのお年玉と貯金を吐き出す覚悟があれば、3万円を払うことは出来るだろうけれど、タダで済む道を既に提示されている今となっては、気持ち的に不可能と言っていい。

 僕は諦めて「わかったよ」と呟いたものの、ふと気になって日花さんに提案してみることにした。


「僕がこの依頼を達成するのに時間が必要だと思うから、もうひとつを使って日花さんも試してみたら?」

「断る」

「どうして?」

「……さっきも言ったはずだ」


 彼女はそう言いながら恋愛発見機を右手首に装着すると、左手で僕の首元を掴んで引き寄せ、鼻が触れそうな距離まで近付かせる。

 それから一切動じない瞳で10秒ほど見つめた後、手を離して機械を見せてきた。


「あたしはドキドキも緊張もしたことが無い。自分で出来るならそうしてる」

「それを言うなら僕もだよ。恋を知らないんだ」

「……だとしても、今頼れる相手は君しかいない。やるだけやってみてくれ」

「わかったよ」


 僕自身、そろそろはっきりさせるべきだと思う思ってた頃なのだ。

 これだけを根拠に自分の気持ちを決めるつもりは無いけれど、参考程度にはなるかもしれないからね。使えるチャンスは最大限利用させてもらおう。

 そう心の中で呟いて、今度こそ出口へ向かって歩き出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る