第581話
店主である女の子にハンモックの支柱を渡してから30分ほど待つと、額に汗を滲ませた彼女が奥の作業場から出てきた。
「処置は無事に成功した」
「そんなお医者さんみたいに言わなくても」
「この仕事をしている私にとって、道具は患者も同然。直したいという気持ちも、直すべきだという使命感も医者に劣っているとは思わない」
「そういう風に取り組んでくれたなら、お客として嬉しいことこの上なしですね」
「ああ。ところで、君は誰にでも敬語を使うタイプなのか?」
「もちろん違いますけど」
「だったら、同級生のあたしにも自然体で話すといい。その方が君もやりやすいだろう?」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。気を遣ってくれたんだね、ありがとう」
「いや、親しみやすい店には次も修理依頼を持ってきてくれる。これはあくまで0円サービスだ」
彼女は「そもそも、私は人と話すのが嫌いだからな」と言ってそっぽを向くが、その割には口数が多いと感じるのは気のせいではないだろう。
もしかすると、本当は……なんて考えてしまうけれど、僕と彼女はあくまで店主とお客。深入りするのは野暮だと思う。
まあ、修理を終えた後の高揚したように赤らんだ頬を見る限り、久しぶりの仕事にテンションが上がってるだけかもしれないもんね。
「あ、そうだ。修理代はいくらかな」
「忘れるところだったよ、3万円になる」
「……3万円?」
「ああ、修理に加えて折れにくくなるように補強をし、最後にコーティングもしておいた。妥当な価格だろう」
「えっと、頼んでない事までされてるんだけど」
「サービスだ、有料のな」
そう言いながら右手を差し出してくる彼女に、僕は試しに財布を取り出して中を覗いてみる。
当たり前だけれど、これで足りるだろうと思って持ってきた5000円札と1000円札が数枚しか入っていない。3万円には到底足りなかった。
「あの、名前はなんて言うのかな」
「
「日花さんに相談なんだけど、もう少し安くならないかな」
「なんだ、手持ちがないのか?」
「まさかこんなに高いと思ってなくて……」
「……確かに、善意でつけたつもりのオプションだったが、同い年だとすれば3万は大金だ。払えないというのも無理はない」
「だったら―――――――――――」
「よし、取引きをしよう」
「取引き?」
そう言いながら首を傾げると、日花は作業場から手のひらに乗るサイズの何かを持って戻ってくる。
そしてそれをカウンターに置き、メジャーを取り出して僕の手首の長さを測った。
「腕時計?」
「いいや、腕時計型の機械だ。先程完成したばかりなんだが、どうも私では動かすことが出来なくてね」
「え、日花さんが作ったってこと?」
「ああ。修理が得意ということは、仕組みを理解している別の何かを作ることも容易いってことだからな」
「これを動かせたら値引きしてくれるってこと?」
「値引きどころか、タダにしてもいい」
「それなら断る理由は無いね。ちなみに、どういう機械なの?」
空に飛んでいく3万円を捕まえるチャンスが来たのだ、捕り網を持っていながら挑戦しないなんて勿体ない。
僕は心の中で網を構えたけれど、数秒後にはその腕の力が抜けてしまうことになる。
だって、この機械の動かし方は、普通の人にとっては簡単でも自分にとっては可能かどうかもはっきりしないものだったから。
「恋愛発見機だよ」
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