第580話
1月5日、僕は紅葉たちが倒した時に少し歪んでしまったハンモックセットの支柱を持って駅前に来ていた。
この辺りに色々なものを安価で修理してくれる場所があると、ネットで見たのだ。
このまま使い続けたら完全に壊れてしまうかもしれないし、せっかくみんなにプレゼントしたものだから長く使ってもらいたい。
そのためならお小遣いを少し使うくらいなんてことない。奈々には『もう満足した』と言われてしまったけれど。
「えっと、どこだろう……」
お店の存在を知ったのがネット上にある匿名の質問サイトで、そのやり取り自体が2年ほど前のものだった。
だから、今もお店がある確証はないし、店名で検索しても写真すら出てこないあたり、そもそも存在しないのかもしれない。
もしそうだとしても、確認してみる価値はあると思ったのだ。質問への回答者が言うには、とても面白いものが見れるらしいからね。
「…………あれかな」
駅前をスタート地点にして、広場を抜けてさらに進み、『こんなところ入っていいの?』と言いたくなるような細い道を曲がる。
最後の判断は完全に個人的な感覚なので、僕も何度か間違ったところで曲がってしまった。
けれど、正解の目印であるBARのネオン看板を見つけると、そこを通り過ぎた辺りで目的地っぽい場所を見つけて足を止める。
聞いていた店名『
僕は支柱の入った袋を抱え直すと、深呼吸をしてから入口のドアを押し開けてみた。
「お邪魔します」
顔だけを覗かせてみるけれど、お店の中には電気が付いていない。もしかしてお休みだったのかななんて思っていると、奥の方から微かに声が聞こえてくる。
「……また失敗」
それを辿って体も店の中へ入れてみると、見えていなかった場所にあるドアの隙間から光が漏れていることに気がついた。
どうやら人は居るらしい。僕はそっと近付くと、左目だけで中を確認してみる。
部屋には同い年くらいだろうか。白衣を着た女の子がいて、色々な道具が置かれた作業机と向き合っている。
彼女は店主の娘さんかな。店番を頼まれていたけれど、人が来なさすぎて暇つぶしをしていたのかもしれない。
集中しているようだし、邪魔してしまうのも悪い気がするけれど、僕も目的があってきたわけだからね。
お店相手に遠慮するのも変な話だろう。そう割り切って、声を掛けることにした。
「あの、すみません」
「……びっくりした、お客さんか」
「そうなんです、店主さんはいます?」
「もちろん居るよ」
「呼んできて貰えますか?」
「その必要は無い」
彼女は淡々とそう言ってイスから立ち上がると、こちらへやってきて店の電気を付ける。
そしてカウンターへと移動すると、人差し指でコンコンとして『こっちに来い』と目で合図した。
「あの、店主さんは……」
「私だ。私が店主で、私以外に従業員は居ない」
「あ、そうだったんですか」
「元々は祖父と修理屋を開いてたんだが、病で亡くなってしまってね。引き継いだは言いものの、客入りが悪くて機械いじりばかりしている」
「へえ……って、あれ? その制服……」
初対面の相手の人生について聞かされても……なんて思いつつも、一応頷いたりはしていると、ふと白衣の下から覗く見覚えのある制服に視線が向く。
「そんなに胸元を見つめて、すけべなお客さんだね」
「そういうことじゃないですよ。
「おや、君もなのかい?」
「二年生ですよ」
「同じく。お店のために久しく行って居ないけどね」
「大丈夫なんですか?」
「君は汚い作業場で機械と向き合う女子高生が大丈夫の
「言われてみれば確かに……」
彼女には彼女の事情があるわけで、客でしかない自分がなんと返すべきかと考えていると、彼女は「ふっ」と短く笑って右手を差し出した。
「私のことはいい。とりあえず、持ってきたものを見せてくれ。直せるかどうか見てあげよう」
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