第574話

 僕は今、みんなで初詣に来ている。場所は最寄りの小さな神社ではなく、どうせならと少し遠出して大きなところを選んだ。

 3日目なら人は少なくなっているかと思ってたけれど、やはり考えることは皆同じだったらしい。

 結局、長蛇の列に1時間近く並んでお賽銭を投げ、去年と同じように今年も僕たちが健康でいられるようにとお願いした。

 まあ、去年に比べれば『僕たち』に含まれる人が少しばかり増えたという変化はあるけれど。


「神様なら、わざわざ並ばなくてもお願いを聞いてくれればいいのにね」

「罰当たりなこと言うんじゃないわよ」

「紅葉、意外とそういうの信じるタイプ? 神様にお願いするほど強く願ってることは、自然と努力するから叶うってだけだよ」

「だったら、私の願いも努力してるから叶うのよね?」

「何をお願いしたの?」


 僕の質問に一瞬躊躇ためらったように見えた紅葉は、思い切って耳元に口を寄せると、「ひみつ」と意地悪な顔で笑った。

 てっきり教えてくれるかと思って期待してたけど、言いたくないなら仕方ないよね。


東條とうじょうさん、神様は存在しますよ」

「ええ、そうよね。白銀しろかね 麗華れいか、珍しく話が分かるじゃない」

「だって、私が融資した方々は私を神様だと崇めますから! ふふふ、私が神様なんですね」

「……やっぱり何も分かってなかったわ」


 呆れたように首を振る紅葉に冗談だと笑った麗華は、「まあ、信じている方がお得ではありますよ」なんて呟きながら狛犬の像を見つめた。


「頑張っていれば、最後のひと押しくらいは神様が助けてくれるかもしれない。そう思えばやる気も出ますからね」

「そういう考えもあるんだね」

「まあ、私は神頼みなんてしなくても実力と財力で全て叶えてしまいますけど♪」

「そういうこと言ってると天罰食らうわよ」

「天罰すらもお金の力で――――――」

「はいはい、そろそろ黙った方がいいわ。周りから変な目で見られてるから」


 紅葉は調子に乗り始めた麗華の口をそっと塞ぐ。しばらくはそうしてもらった方がいいだろうね。神社で神への冒涜は神主さんに聞こえたら怖いことになるだろうし。

 僕がそんなことを思っていると、少し前から人並みのせいで分断されていたイヴとノエルが戻ってきた。2人もお賽銭とお願いごとを終えたらしい。


「おかえり」

「ただいま、瑛斗くん」

「……」

「……」

「……ノエル、じっと見つめてどうかした?」

「ご飯にするかお風呂にするか聞いてくれないの?」

「聞かないけど」

「なんだ、おかえりって言ってくれたから早速お願いが叶ったのかと思ったのに」

「どんなお願いしたの?」

「瑛斗くんとひとつ屋根の下で暮らせますようにって!」

「うん、嬉しいけど聞く人が逆なんじゃないかな」


 確かにノエルは今ですらバリバリ働いているし、アイドルをやめてタレントになったとしても、自分の方が収入が低い自信がある。

 だからと言って、男が『それともぉ〜♪』なんて甘えた口調で言っても気持ち悪いだけだろう。

 イケボとやらで言えれば幾分かマシにはなるだろうが、僕には無理難題もいいところだからね。


「ていうか、ここにいるのは恋愛の神様じゃないからね。さすがに専門外までカバー出来ないんじゃないかな」

「……!」

「ん? イヴも専門外のお願いしたの?」

「……」コク

「へえ、イヴも好きな人出来たんだね」

「……」フリフリ

「あれ、違う?」

「……」コクコク

「だとしたら何だろう」


 当ててみようかとも思ったけれど、無数にある可能性の中から導き出すのは難しい。

 それでも捻り出そうとする僕を見兼ねたのか、イヴはジェスチャーでヒントを出してくれた。おかげであっさり分かったよ。


「えっと、メンチカツ?」

「……」ポンポン

「おなかいっぱい?」

「……」アムアム

「食べたい?」

「……」グッ

「その願い、叶うといいね」


 その後、儚いお願いにノエルが目をウルウルさせながら、「私がたくさん食べさせてあげるから……」と抱きしめていたことはまた別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る