第573話
今日、
そして帰宅後、部屋でそれを報告し終えた頃に遊びに来た
だって、自分がこれだけ瑛斗にくっついていれば引き離しに来るはずだと言うのに、奈々が距離を取ったまま動こうとしないから。
「奈々ちゃん、どうかした?」
「何がです?」
「瑛斗に甘えないなんてらしくないわよ」
「私はもうお兄ちゃんには甘えないって決めたんです。この決意を揺るがさないで下さい」
「……この子、本当に奈々ちゃん?」
振り返ってそう聞いてくる紅葉に頷くと、彼女は信じられないといった顔で奈々を見つめてから、僕の手を掴んでもっと頭を撫でるように誘導する。
そして奈々に自分の方を見るように言ったかと思えば、見せつけるかのように僕に体をくっつけてきた。
「ほらほら、正直になっちゃいなさいよ」
「っ……」
「本当はブラコンのくせに痩せ我慢しちゃって」
「く、紅葉先輩は私のこと嫌いなはずです。こんなチャンスにどうしてそんなこと言うんですか!」
「嫌い? 奈々ちゃん、私の事そう思ってたのね」
「いや、嫌ってるのは先輩の方で……」
「自分が嫌ってない相手に嫌われてると思い込むはずがない。違うかしら」
紅葉の言葉に奈々は思わず口を噤んでしまう。彼女の言っていることは絶対とまでは言えないものの、的は得ていると思えた。
少なくとも、悪い印象のない相手に嫌われていると感じることは無いはずだ。嫌悪という感情は、必ず綻びから生じるはずなのだから。
「私は奈々ちゃんのこと好きよ。後輩としても、友達としてもね」
「……なら、どうして意地悪言うんですか」
「瑛斗とのこと? 本当のことじゃない」
「私はお兄ちゃんと離れなきゃ幸せになれないんですよ。このままじゃダメなんです!」
「瑛斗、あなた何を言ったらこうなるのよ。どうせ厳しいこと言ったんでしょ」
「奈々が男の子に告白されたから、僕から離れてその人と幸せになって欲しいって伝えただけ」
「……はぁ。それで妹としても引き離してどうするつもりよ」
彼女はやれやれと言わんばかりに首を振ると、立てた両手の人差し指をそれぞれ僕と奈々に向けた。
それから「異性として離れても、妹としてまで引き離してどうするの」とため息をこぼす。
口調は説教じみているけれど、確かに何も間違ってはいない。離れさせることに執着するあまり、大切なことを見落としていたのだ。
「でも、今更くっつくってのもね……」
「逆に難しくなっちゃいましたよ」
「つべこべ言わずにハグでもすればいいじゃない。いつもくっついてるくせに、女々しくなってんじゃないわよ」
紅葉がそう言って強引に奈々の背中を押すと、彼女は僕に突進するように転んできて、受け止めようとしたけれどそのまま仰向けに倒れてしまう。
その様子を見下ろして満足げに頷く様子から察するに、紅葉にとってはいいハグだったらしい。
「良かったじゃない。ちゃんと兄妹してるわ」
「それにしては奈々の息が荒い気がするんだけど」
「まあ、しばらくは仕方ないわよ。奈々ちゃんの好きって気持ちは本物なんだから」
「……それもそうだね」
たっぷり我慢した後のハグはなかなかに刺激的だったようで、奈々は離れた後もしばらく胸を押えていた。
僕が触れたらぶり返しちゃいそうだったし、その間は見てることしか出来なかったけど、代わりに紅葉が背中をトントンしてあげていたおかげか、思ったよりも早めに落ち着いてくれたよ。
「紅葉先輩、見た目に反して優しいですね」
「私は元々優し……見た目に反してってどういう意味よ!」
「ふふ、冗談じゃないですか♪」
「言っていい冗談と悪い冗談があるって、体に教えこまなきゃダメみたいね」
「あー、やっぱり見た目通り怖いです」
「……歯、食いしばりなさい」
こうして奈々は、大きく兄離れしてから、再び近くまで戻ってきたのであった。
まあ、これが僕たち兄妹の形なら仕方ないよね。何だかんだ僕もハグした時に安心しちゃったし。
「カナには頑張ってもらわないとなぁ……」
「ん? お兄ちゃん、何か言った?」
「ううん、何でもないよ。それより式場についてなんだけど……」
「だからまだ気が早いってば!」
今回の件から学んだ事が一つだけある。それは、自分の言葉で傷つけないように笑顔で答えをはぐらかすことは優しさではないということ。
単に自分が刃が外側を向いたハサミを握ることから逃げているだけなのだ。
正しく使えば傷つけないと言うのに、丁寧に閉じて渡せば受け取った相手の手を切ってしまう。
一見正しそうに見えて、ずっと間違っていたことに気が付かされたよ。本当の優しさは、自分の手で相手を傷つけることなんだって。
(いい加減、紅葉にもそうしてあげないと……)
心の中ではそう呟くも、やっぱり幼き日のあの出来事を思い出すと、恋をすることを恐れる自分がいる。
それでも踏ん張らなければならない。そんな覚悟とほんの一瞬だけ目が合ったから、僕は頑張ろうとしている奈々を見習って恋を知ろうと決めたのだった。
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