第572話
衝撃の事実を聞かされてから数分後、ようやく状況を飲み込んだ僕は、一体何を驚いていたんだと考え直した。
だって、カナは見た目こそ女の子そのものだけれど、彼の家に代々伝わる呪いの話さえなければ、今も男子用制服を着て登校していたはずなのだ。
まあ、その世界線では僕と親しくならなかった可能性もあるから、
「そうだよね。カナは男の子なんだから、異性を好きになることはおかしくないよ」
「……お兄ちゃん、悲しくないの?」
「どうして僕が悲しむの」
「だって、カナちゃんはずっとお兄ちゃんのことが好きだったんだよ?」
「だったら逆に聞くけど、奈々は好きな人がずっと振り向いてくれなかったらどう思う?」
「……辛い」
少し考えてからそう答えた奈々に、僕は「そうだよね」と頷きながら頭を撫でてあげる。
話の流れとしてするべきだったとは言え、彼女へ投げかける質問としては少し残酷だったのかもしれない。
「僕だって、好きでいてくれる人を好きになりたいよ。それなのに誰も好きになれないって、気持ちを向けられる度に胸が痛むんだ」
「お兄ちゃん、そうだったの……?」
「だからね、カナが別の誰かを好きになってくれたって聞いて、これ以上苦しめずに済むと思った。ずるいかもしれないけど安心した」
それに、カナになら世界一可愛い妹を預けられる。そう口にすると、奈々は驚いたような表情を見せた後、軽く握った拳で僕の胸を叩いた。
一発一発はトン……トン……と弱々しく、けれどとても重く感じるのは、彼女の瞳が悔しそうに潤んでいたからだろう。
「ずるいよ、お兄ちゃん……」
「うん、ごめん」
「お兄ちゃんだけホッとして、私の気持ちはどうなるの。妹よりカナちゃんの幸せを選ぶの?」
「前から思ってたんだ、奈々は僕を好きでいても幸せになれないって。カナのこと、好きでしょ?」
「好きだよ。好きだけど、まだ気持ちが追いついてなくて……異性として見れないっていうか……」
「焦らなくていいんじゃないかな。嫌いなところよりも好きなところが多ければ、きっと上手く行くと思うから」
「……お兄ちゃんのそういうところ、嫌い」
抱きつきながらそう呟く奈々に、僕はそっと腕を回して
きっとすぐには答えは出せないだろうし、上手くいく確証だって無い。けれど、カナとなら上手くいかない理由の方が見付けづらかった。
「奈々が僕を嫌いになる度、ちゃんと幸せになれたんだなって思うことにするよ」
「……半分も嫌いになれないもん」
「3分の1嫌われれば上出来かな」
その日の夜、奈々は電話で返事をしたらしい。その内容ははっきりと答えがあるようなものではなく、『考えさせて』というものだったけれど。
それでも、僕の幸せになって欲しいって気持ちが伝わってくれたんだろうね。
甘えたがりでブラコンな性格はしばらく変わりそうにないけれど、これから少しづつでも兄離れしていくと思う。
何せ、明日は二人で初詣に行く約束をしたみたいだからね。きっと周りから見れば、女の子同士のお出かけにしか見えないんだろうけど。
「あ、嫌いになっても結婚式には呼んでね」
「気が早過ぎるよ!」
「そのために数年前から涙溜めてるんだから」
「恥ずかしいから号泣はやめて欲しいんだけど……」
「そう言う奈々は、僕が結婚したらどうするの」
「泣く」
「だよね」
これはお互いに兄妹離れまでの道のりは長そうだ。僕はそう思いながら、風呂上がりのりんごジュースをグイッと飲み干すのであった。
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