第571話
あれからみんな部屋に戻って、帰る支度を済ませて真っ直ぐに帰ってきた。
ちなみに、
誰も乗りたがらないことに落ち込んでいたみたいだったけれど、デビュー当時のノエルの話なんかを聞かせてもらって、男二人で盛り上がってしまった。
「では、また機会があればお会いしましょう」
「はい。紫波崎さん、気をつけて帰って下さいね」
途中で瑠海さんの車とは別れて寄り道をしたから、
僕は紫波崎さんの車が見えなくなるまで見送ると、行きよりも少し重く感じる荷物を抱えて家へと入った。
「―――――――まあ、無いよね」
帰る時間も伝えていなかったし、むしろ待たれていた方が心配になる。
そんな複雑な気持ちを抱きつつ、「ただいま」と家の奥に向かって声をかけるも、明かりの灯っていない廊下に聞こえるのは空気の流れる音だけ。
「奈々? まだ帰ってないの?」
もう一度投げ掛けた僕の言葉も、虚しく壁に溶けて消えてしまった。
玄関に履いて行った靴はあったから、帰ってきていることは間違いない。それなのに返事がないのは寝ているだけか、それとも……?
そんなことを考えていると、ポケットの中のデバイスが短く震えた。こんな時に何かと確認してみれば、珍しくカナからのメッセージではないか。
しかし、内容が何だかおかしい。たった一文、『奈々ちゃんのこと、気にかけてあげて下さい』とだけで詳しいことが書いていない。
その瞬間、この静かな家の中とメッセージとが繋がって、背筋に嫌な予感が走った。僕は急いで階段を駆け上がると、ノックをするのも忘れて奈々の部屋へと飛び込む。そして。
「……」
ヘッドホンで音楽を聴いているのか、ノリノリで踊っている奈々の後ろ姿を見つけた。
おっと、これは見てはいけないものだ。本能がそう告げ、そっと扉を閉じようとしたところで、姿見に映った姿を目撃されて捕えられてしまったけれど。
「お兄ちゃん、帰ってたなら声掛けてよ!」
「掛けたよ。でも、返事が無かったから心配で」
「……ふーん? 心配してくれたんだ?」
「当たり前でしょ、妹なんだから」
「えへへ、大好き♪」
満面の笑みで抱きついてくる奈々に、「僕も大好きだけど、汗だくでくっつかないでね」と優しく離れてもらう。
もちろん妹を可愛がりたい気持ちもあるけれど、今は先に聞いておくべきだろう。カナから届いたメッセージについて。
「カナから『奈々を気にかけて』って送られてきたんだけど、何か心当たりある?」
「え、何が届いたの?」
「郵送じゃなくてメッセージね。贈り物があるなら、昨日奈々に手渡ししてるでしょ」
僕のツッコミにケラケラと笑いながら「あ、そっかそっか!」と後ろ頭を搔く彼女。
試しに「それとも、受け取れない理由でもあったのかな?」と詮索してみると、あからさまに動揺してますという反応を見せてくれた。
つまり、奈々とカナの間に仲良しな関係を壊すような何かがあったということになる。
ただ、カナに限ってわざと僕の妹を傷つけるようなことをするはずはない。これは僕がどうこう以前に、2人の信頼を確信しているから言えることだ。
けれど、「カナちゃんに、バラしたこと言わないでよ?」と釘を刺された時は知る由もなかった。
そもそも、自分が一番知りたいと思っている感情が、友情さえも壊しかねない力を持っているだなんて。
「カナちゃん、私のことが好きになったみたい」
「それは前からでしょ?」
「友達としてじゃなくて、異性としてって意味!」
「なんだ、そういうことか。……って、え?」
超王道な反応をしてしまっているところから、僕にとってどれほど予想外の答えだったのかを感じ取ってもらいたいね。
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