第570話

 瑛斗えいとたちが初日の出を眺めていたその頃、黒木くろき家では金糸雀かなりあ奈々なながテレビで初日の出を見ながら新年のお祝いをしていた。


「あけましておめでとう!」

「おめでと〜♪」


 今年もよろしくという気持ちを込めて握手をすると、テレビの左上に映る時間表示を見て本題に移ることにした。

 奈々がここに来た目的はもちろん年越しを2人で過ごすということもそうだが、実はそれよりもメインとすべきものがある。

 最愛の兄との時間を犠牲にしてまで来たほどの理由。それと言うのが、最近カナが瑛斗えいとと接触していない……いや、むしろ避けているのでは無いかと問い詰めるためだ。


「カナちゃん、もしかしてお兄ちゃんのこと好きじゃなくなったの?」

「そ、そんなことないよ〜?」

「だったら、どうして会おうとしないの。そうしてる間に、紅葉くれは先輩たちはどんどん距離を縮めてるんだよ」

「それを言うなら、奈々ちゃんこそ近くにいるのに、先輩たちと仲良くしてるよね〜」

「……カナちゃん、今は二人きりだよ。女の子でいる必要は無いんじゃない?」

「…………」


 必死に誤魔化そうとして、空いてしまった穴を女の子という皮を被ることで埋めようとしていた。

 その核心を突かれたことで何も言い返せなくなった彼は、しばらく俯いてから「そうですね」と本来のあるべき姿に戻る決心をする。


「改めて聞くよ? カナちゃんは、お兄ちゃんのことが嫌いになったの?」

「嫌いにはなってません、それは確かです! ただ、好きなのかどうか分からなくなってきたというか……」

「どういうこと?」

「先輩には色々と救われました。尊敬してますし、その恩を返したいという気持ちもあります。でも、それが本当に恋心なのか分からなくて……」

「だから、突然逃げるように忙しくしたんだ?」

「……」


 無言で頷くカナを、奈々はそっと抱き寄せる。兄を好きな彼女にとって、中身が男であれど金糸雀という人物はライバルだ。

 しかし、それ以上に友達として大切に思っているからこそ、もしかすると自分が傷つくことになるかもしれない質問を恐れることなく投げられた。


「まさかとは思うけど、女の子を好きになったとかじゃないよね……?」


 そう聞いた瞬間、彼の表情に明らかな焦りが浮かんだのを見て確信する。

 いや、思い出したと言うべきなのだろう。カナは偶然瑛斗に好意を寄せただけで、元々の恋愛対象は異性である女の子。

 そもそも女装して学校に通っていること自体、親や祖父母から強制されているに過ぎないのだから。


「……ボク、さっき嘘を吐きました」

「嘘?」

「先輩への気持ちが恋心なのか分からなくなったって。本当は分かってるんです、これが別の意味での憧れでしかないことくらい」

「ならどうして避けたの?」

「だって、近くにいたらいつかバレるから」

「お兄ちゃんはカナちゃんが幸せになることを願ってるんだよ? 別の人に好意が向いたとしても、きっと祝って―――――――――」

「バレたくないのは先輩じゃないです!」


 奈々が言い終える前に大きな声を上げたカナは、驚きのあまり少し体が後ろへ傾いている彼女を見て、「ごめんなさい」と呟く。

 それでも飛び出しかけた言葉を止めることは出来なかったようで、覚悟を決めた顔で真っ直ぐに見つめた。そして。


「ボクは奈々ちゃんのことが好きです」

「……え?」

「でも、友達で居られなくなるのが怖かった……先輩に知られたら、妹に手を出すかもしれないって嫌われるかもしれないんですよ?」

「ちょっと待って。お兄ちゃんからどうして私に好きって気持ちが向くの?!」

「そんなのボクが一番知りたいですよ!」


 カナの心からの叫びに、奈々は「そ、それもそうだよね……」と呟いてから、二人は気まずい空気の中でただ押し黙ることしか出来なかった。

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