第569話
「……綺麗だ」
真っ暗だった地平線から一筋の光が漏れた瞬間、その感動が吐息となって僕の口から零れ落ちた。
オレンジ色の朝焼けは冷えた指先までを温めてくれて、その眩しさに細めた目元すら緩めてくれる。
目の手に広がる景色は人工物に触れなければ生きていけなくなったこの時代でも、数百年前から変わらずこの場所にあるのだろう。
そう思うと胸にじんとくるものがあって、僕は自然とポケットから取り出した学園デバイスで写真を撮っていた。
カシャリと一枚保存した後、その手首を
「景色もいいけど、誰と見たのかを忘れないようにしなきゃよね」
「自分も撮れってこと? そんなことしなくても、大切な思い出なんだから忘れないよ」
「いいから。いつか見返して懐かしがるためにも、こういう瞬間は残しておくべきなの」
普段は写真なんて滅多に言い出さないのに、今日はやけに前のめりだ。
まあ、そこまで言われても撮りたくないと言い張る理由は無いので、いい感じの位置にみんな立ってもらってデバイスを構える。
「あの、瑛斗さんも写って欲しいですね……」
「僕もそうしたいけど、自撮り風にすると景色がほとんど写らないよ」
「……」ウーン
「スマホ用の三脚でもあれば良かったんだけどね」
ノエルがそうポロッと零した言葉にみんなが頷いていると、紫波崎さんが「私が撮りましょう」と手を挙げてくれる。
しかし、紅葉が言ったのは『誰と見たのかを記録する』ということで、誰かが一人でも写っていなければ意味が無い。
そう思っているのは瑠海さんも同じ考えだったようで、首を捻っていた彼女は何かを思いついたように「セルフタイマーは使えますか?」と聞いてきた。
それに対して頷くと、彼女は少し待っていてくださいと言ってから木々の中へと走っていく。
それから数十秒後、戻ってきた瑠海さんの手には数本の長い枝が握られていた。
それを手早く三脚のように組むと、絶妙なバランスでデバイスを横向きに立ててピントを合わせる。
「10秒に設定します、並んでください」
予想外の方法で目的を達成され、ついぼーっとしてしまった僕は、みんなに急かされて慌てて位置につく。
自然と真ん中に連れて来られたけれど、大勢で写真を撮る時に真ん中だったことなんて、みんなと会うまでは一度もなかった。
そんなことを思い出しながら、徐々に点滅を早めていくカメラに視線を向ける。そして、カシャリと音の鳴る直前だった。
右で、左で、肩の後ろで、一斉に動く気配を感じたかと思えば、両腕と背中へ引っ付かれたところでカシャリ。考えていたことは全員同じだったわけだ。
「私が一番早かったわね」
「いえ、私の方が先でしたよ」
「私が一番強くハグしたもんね」
そんな不毛な争いをする3人は放置するとして、取れた写真を確認してみる。
景色も綺麗に撮れているし、僕が少し驚いた顔をしているのも許容範囲内だと思う。ただ……。
「3人とも、ブレてる」
動いた3人だけが思いっきりブレていて、『誰と見たのかを記録する』という目的は惜しくも達成されていなかった。
まあ、これもある意味思い出の1ページと呼べなくもないので、ちゃんと保存はしておくけどね。
「撮り直しだよ、並んで」
「
「そっちも動いてたでしょうが」
「まあまあ、私以外が悪かったってことで……」
「あなたが一番悪い」
「その通りです」
その後、きっちりと撮り直した一枚は完璧と言っていい出来栄えだったものの、ひとつだけ不可解なものが写っていたことはまた別のお話。
「ノエルの肩に白い手が……」
後日、その手がどこにも写っていないイヴのものであることが判明したとだけ記しておこうと思う。
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