第567話

 あれから結局、みんなを起こすつもりだった僕まで紅葉くれはを撫でながら寝落ちてしまい、全員がコタツでうたた寝することになった。

 次に目を覚ましたのはまだ空が暗い朝の六時過ぎ。瑠海るうなさんにコタツを取り上げられ、渋々二度寝したいと嘆くまぶたむちを打って起き上がる。


「おはようございます」

「こんな早くにどうしたんですか」

「お嬢様が初日の出を見に行くと仰っていましたので、目覚まし代わりを頼まれたのです」

「初日の出? ああ、だからまだくらい時間に……」


 確かに、毎日見ている太陽と言えど、どこかの誰かが考えた初日の出は特別だと感じてしまう。

 まあ、早起きすることが出来ずに毎年見ずに終わってたんだけどね。今年はみんなもいるし、せっかく起きたなら見に行くのもありかもしれない。


「お嬢様、紅葉様、イヴ様、起きてください」

「んん、あと5時間だけお願いしま……すぅ……」

「撫でても……なにもでにゃいわよぉ……」

「……」スヤスヤ


 僕の気持ちとは裏腹に、3人とも声をかけても揺すっても起きる様子はない。

 さすがの瑠海さんもこれには困ってしまったようで、こちらに助けを求めるような視線を向けてきた。

 けれど、彼女に出来ないことが自分に出来るとは思えないというのが本心だ。さすがに何もしないのは気が引けるので、試しに声だけはかけて見ることにしたけれど―――――――――。


「紅葉、起きて」

「……瑛斗えいと?」


 ―――――――意外にもあっさり起きた。


「あれ、どうしてあなたが私の家にいるのよ」

「随分と寝ぼけてるね。ここは麗華れいかの別荘だよ」

「……そうだったわ、変な夢見てたせいよ」

「その夢って、僕に撫でられる夢?」

「どうして分かっ……じゃなくて、そんな夢見てないから。おかしな妄想はやめてもらえる?」

「そっか、友達の頭を撫でるなんてもんね。嫌ならもうしないよ」

「いや、そういう意味じゃ……」


 あわあわと慌て始めた紅葉は、僕の目を見て何かを訴えかけてきたけれど、分からないという顔をすると諦めたように俯いてしまった。

 これでは日の出を見に行くような気分にはなれそうにないので、「ごめん、嘘だよ」と撤回してあげる。


「撫でて欲しい?」

「……うん」

「紅葉がして欲しいならするよ。僕も撫でるの好きだからね」

「……ふん、初めからそうしてればいいのよ」


 言葉ではツンツンしているけれど、手を止めると不満そうに唸ったり、離れさせないとばかりに手を重ねてきたりとかなり甘えたさんだ。

 そんな姿がやっぱり猫のように見えて、瑠海さんに止められなかったら、そのまま初日の出を見逃してたかもしれない。

 事情を説明してなでなでは我慢してもらった紅葉に服の裾を引っ張られつつ、麗華の近くへと移動してトントンと肩を叩いた。


「麗華も起きて」

「うぅ、目覚めのキスを……」

「こっちも変な夢見てるみたいだね」

「情熱的に絡み合うようなキスを……」

「もう起きてるよね?」

「……ふふ、起きてます♪」


 多分、麗華は瑠海さんに声をかけられた時には起きてたと思う。確信出来なかったから言葉にはしなかったけれど、寝息のリズムが早くなってたからね。

 基本的に寝息は呼吸よりもゆっくりだから、みんなも寝たふりかどうかを見極める時は耳を使うといいよ。……って誰得な情報だろうね。


「起きてはいますが、キスされないと起き上がりたくないです。なのでお願いします」

「わがままなお嬢様ね」

東條とうじょうさんこそ、お願いを叶えてもらっていたじゃないですか」

「なっ?! み、見てたの……?」

「はい、もちろん。そちらは叶って、私のが叶わないのは不公平です!」

「だとしても、キスと撫でじゃ差がありすぎよ!」


 これは紅葉の言う通りだ。満足度には個人差があることを加味しても、その2つではそれこそ不公平になってしまう。

 だから、頭を撫でるだけで我慢して欲しいと伝え、一応はそれで納得はしてくれたけれど、やっぱり物足りない様子の麗華。

 それを見兼ねた瑠海さんの言葉に、彼女が照れながら「え、遠慮しておきます……」と答えたことは言うまでもない。


「お嬢様、私の唇でしたら自由にしてくださっても結構ですよ?」

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