第562話

 あれから更に何度かゲームをして、最終的にポイントを数え忘れていたので、イヴが多分これくらいだろうと決定した結果がこの通りだ。


 僕 250点

 紅葉くれは 120点

 麗華れいか 130点


 これを受けて、約束の報酬の量も確定したことになる。というわけで、お待ちかねのご褒美タイムが訪れたらしい。

 イヴはドンドンパフパフと鳴らしながらやってくると、カンペをめくってその内容を発表した。


「……♪」ジャジャン

「えっと、頭を撫でること?」

「50ポイントにつきひと撫で?」

「小さい字でとも書いてありますよ」


 勝負ごとだったのだから、普通なら稼いだポイント分だけ僕たちがイヴから撫でられるように思える。

 ただ、この文章を解読するに、撫でられるのはイヴの方らしい。クイズ番組なら、司会者に報酬が入るようなとんでもルールだ。

 けれど、顔を見合せた三人から苦情が出てくることは無い。それどころか、紅葉と麗華は率先して撫で始めた。

 理由は至極単純、質の高い暇つぶしを提供してくれたことと、ゲームに参加せずに進行係を務めてくれたことへのお礼をまだ言っていなかったから。

 伸ばされる手へ嬉しそうに顔を寄せていく彼女の様子に、二人ともポイントに関係なく気の済むまで撫で回した。


「犬みたいね」

「手懐け甲斐がありそうです」

「……♪」


 紅葉たちが撫で終わるまで待とうと思っていた僕も、手がうずうずし始めたので加わろうかと思い始めた頃。

 開いたままのドアをコンコンとノックして存在を知らせた瑠海るうなさんが、ぺこりとお辞儀をしてからこちらへとやって来た。


「食事の準備が整いました」


 彼女はそう言うと、昼食を食べたのと同じ場所へと連れて行ってくれる。

 この別荘は庶民の僕には広すぎるから、丁寧に案内してもらえると助かるよ。家の中で迷子なんて悲しいことにならなくて済むからね。

 廊下で行き倒れる自分の姿を想像して身震いした僕は、食卓のある部屋に入ってまず、並べられた料理よりも先に晋助しんすけさんの存在に喜びの声を漏らした。


「晋助さん、一緒に食べてくれるんですね」

「私は麗華と食べるためにいるだけだ。君を認めた訳では無いぞ」

「分かってますよ。それでも嬉しいです」

「……そうか」


 満更でもなさそうな様子に満足しつつ、さり気なく背中を押して麗華には晋助さんの隣に座ってもらう。

 僕はそのまた隣に座ったのだけれど、それにしても豪華な食事だ。メインに年越しそばがあるのはもちろんだけれど、サブの手巻き寿司ように用意されたネタの種類が多い。

 マグロも赤身だけで良さそうなのに、中トロと大トロまで用意されているし。値段が書いてあったら、絶対に手を出さなそうなほど綺麗だ。

 例えるとすれば、魚介の宝石箱や……って、これは別に必要なかったね。口に出さなくてよかったよ。


「皆様、手巻き寿司はご自分でお作りになられますか? 入れて欲しいネタを教えていただければ、私がお作りしますよ」

「いえ、大丈夫です。瑠海さんも座って下さい」

「しかし……」

「瑠海、料理を持ってきて座りなさい。私の右側の席が空いている」

「……かしこまりました」


 昼ご飯に続いて夜まで主人と一緒にというのは、メイドとして気が引けたのだろう。

 ただ、僕だけでなく晋助さんもと名前で呼んだことで、その奥にある真意を汲み取ったらしい。

 彼女は自分の分の年越しそばを運んでくると、言われた通りに腰を下ろした。


「懐かしいな。昔、娘たちがお父さんの隣がいいとイスを取り合っていたんだ」

「いつも麗子れいこ様がジャンケンに勝ち、いじける麗華様に譲ってあげていましたね」

「ああ。でも、それだけじゃない。瑠海、君が譲ってもらったこともあっただろう?」

「一度だけ」

「君は二人のお姉さんだったから、いつもジャンケンには参加せずにひとつ離れた席を選んでいた。けれど、麗子には分かっていたんだろうね」


 そう言って優しく微笑む晋助さんに、瑠海さんは「今の私はメイドですので」と首を振るが、その大きな手をポンと頭に乗せられると、何かを思い出したような目で机の上を見つめ始める。


「私は君を娘だと思っている。元々、君に闇の仕事をさせることにも反対していたんだ」

「旦那様……」

「何ならメイドも暗殺の仕事もやめて、戸籍としても麗華の姉になってくれてもいい。私なら、今からだって大学にも通わせられる」

「……ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。私はお嬢様付きのメイドであることが生き甲斐ですので」


 そんな真っ直ぐな言葉を晋助さんは笑顔のまま受け取ると、「十年後にでも気が変わった時は教えてくれ」と呟いて手を合わせた。

 それを見ていた僕たちも同じように手を合わせて食事を始めたのだけれど、麗華だけがなかなか箸を進められなかったことは言うまでもない。

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