第558話

 別荘に帰宅してすぐ、もしもの時の為にと瑠海るうなさんが沸かしておいてくれたお風呂に女子3人が入ることになった。

 瑛斗えいとも一緒にというお誘いの声はあったが、どこからか晋助しんすけさんの視線を感じたのでやめておく。

 もしも麗華れいかと入ってしまったら、この別荘の地下にあるらしいミサイルが自分目掛けて飛んでくるかもしれない。

 これが命か混浴かの天秤だと思えば、残念そうな顔を見せられる心苦しさだって屁の河童だ。

 そんなことを思いながら、瑛斗がリビングでくつろいでいたその頃。脱衣場にいた女子三人はキャッキャとはしゃぎながら広い浴室へと移動した。


「いいお風呂ね、相変わらず別荘とは思えないけど」

「お母さんの要望で銭湯を再現したそうです」

「……」フムフム

「そう言えば、白銀しろかね 麗華れいかの母親はどうしてるの? 前に聞いた時は旅行に行ってるって言ってたわよね」

「実はまだ旅行中なんです。北海道に行った際にこれから徒歩旅をする方に出会ったそうで、歩いて日本を一周してくるとか何とか……」

「それで今日も来てないのね」

「お母さんは一年に何度もここを訪れていましたから。年越しにお姉ちゃんに会いに来ることは特別なことではないんです」

「……」コクコク


 何だかしんみりとしてしまった空気を感じ、麗華は「さあ、体を洗いましょう」と二人の背中を押してシャワーへと向かう。

 銭湯を再現したとだけあって、腰掛けるのは木製の少し低いイス。蛇口の下にはプラスチックの風呂桶。庶民的な雰囲気はバッチリだった。


「洗いっこ、します?」


 麗華のその提案に、ボディーソープを手に出していた2人がバッと振り返る。

 そして互いに顔を見合わせると、片や相変わらずの真顔、片や溢れんばかりのワクワクを押さえ込んだ表情でゆっくりと頷いた。

 友人、家族で銭湯と言えば、やはり背中を流し合う……いわゆる裸の付き合いというものが常識。

 元ぼっちの2人も、銭湯とは縁がないお嬢様も、滅多にないこの機会に胸を躍らせているのである。


「では、東條とうじょうさんは私の背中からお願いします。イヴさんは東條さんの背中を洗ってあげてください」

「了解よ」

「……」ラジャ


 こうして始まった、一列に並んでの流し合いっこ。唯一目の前に洗う背中のない麗華は、手持ち無沙汰になった手をどこに置くべきかと悩んでしまう。

 何となく収まりがいいように組んでみるも、これでは胸を隠しているように見えていないかと一人で照れてしまったりして――――――――――。


「はい、交代よ」

「……♪」


 そうこうしている内に方向転換、麗華が紅葉くれはの背中を流す番が回ってきた。

 手にボディーソープを垂らし、そっと肩のあたりから洗い始めると、泡立つ前では冷たかったのかビクッと跳ねる。


「あ、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫。続けて」

「……それにしても東條さん、背中小さいですね」

「急にバカにするのやめてもらえる?」

「そういうつもりじゃないですよ。こうも小さいと、ついつい抱きしめたくなるなって」

「あなた、そういう趣味があったのね」

「ふふ、自分でも今気が付きました♪」


 クスクスと笑った麗華はさりげなく手の位置を下に移動させる。女の子同士の洗いっこと言えば、やはりこういうハプニングはつきものだろう。

 そう心の中で呟いて、紅葉の体に沿うように勢いよく手を前側へと移動させた。


「ひゃっ?! ちょ、どこ触ってるのよ!」

「東條さんはこっちも小さいですね。私が富士山なら、これはもうサハラ砂漠です」

「そんな乾いちゃいないわよ」

「でも、肌スベスベで羨ましいですね」


 執拗に撫で回してくる手が絶妙にイヤらしい。いかにも触ってはいけない部分を知っていますよと言わんばかりの手付きだ。

 それに耐えられなくなった紅葉は、「そっちこそ、綺麗な肌――――――」とやり返そうとする。

 しかし、今日はよく滑る日らしい。芸人だったら最悪な一日だ。床に垂れていたボディーソープに足を取られ、麗華を押し倒す形で倒れてしまった。

 そんな光景を、お湯加減の確認のためにやってきた瑠海るうなさんに見られたのだから、きっと二人にとっても最悪の日なのだろうけれど。


「……」

「……」

「……」


 しばらく無言で見つめ合った後、瑠海さんは紅葉の両手が麗華の両胸にあることを確認すると、何かを納得したような反応を見せて背中を向ける。


「お取り込み中、失礼しました」

「あ、ちょ、瑠海さん?!」

「瑠海、勘違いです!」


 逃げるように立ち去る彼女を追いかけようとするが、一糸まとわぬ姿で飛び出すことは出来ない。

 仕方なく声で止めようとするも彼女の足がブレーキをかけることはなく、依然ゴロゴロとしていた瑛斗の目の前でようやくピタリと止まった。そして。


「紅葉様がお嬢様の胸を触っておりました」

「えっと、それがどうかしたんですか?」

「瑛斗様も触りに行きましょう」

「……は?」

「大丈夫です、私も一緒に触りますから」

「いや、何言ってるんですか」


 その後、抵抗虚しく強引に抱えあげられて浴室へと放り込まれた瑛斗が、『胸を触らないと出られない部屋』なんて言い始めた瑠海さんに本気で土下座して開けてもらったことはまた別のお話。

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