第557話
休憩中、結局僕に乗ってくることがなかった
ただ、人が滅多に来ない場所と言えど警戒心は高いようで、二人とも指先が触れる程度が限界らしい。
取って食べたりしないから捕まってあげたらいいのに……なんて思ったりはしたものの、自分が呼吸のできない場所に一瞬でも引っ張りこまれたら嫌だなと思い直し、魚たちの方を応援することにした。
「がんばれー」
そう声をかけると、紅葉と麗華がこちらを振り返って手を振ってくれる。
彼女たちに向けて言ったわけではないが、あの笑顔にそんなことを言えるほど空気が読めない訳では無いので、こちらからも手を振り返しておいた。
すると、目を離している間に目の前にいた魚が動き出した紅葉は、慌てて手を伸ばそうとして水の中の石につま先を引っ掛けてしまう。
それに気が付いた麗華がすぐに支えようと、腕を差し出して受け止めたおかげで転ばずに済んだ……と思った矢先のことだった。
「……へくちっ」
彼女の背中に乗っていたイヴがくしゃみをした瞬間、その衝撃で僅かに足の位置が右にずれた。
普段ならその程度のことで体幹のしっかりしている麗華であればどうってことは無いだろうけれど、今は滑りやすい石の上。
おまけに紅葉の体を起こす前。2人分を支えながらでは、さすがの彼女も平常運転とは行かなかったようだ。
バシャァァァァン!
そこそこの水しぶきが上がった後、イヴの下敷きになっていた麗華を紅葉が慌てて起き上がらせて岸まで引っ張り上げる。
そして真顔のままおろおろしているイヴを「死んでないわよ」と宥めると、足を拭く用に一枚だけ持ってきていたタオルを並ばせた二人の肩にかけてあげた。
「これでは
「私ががっついたせいで招いた失敗よ。戻るまで濡れてるくらいなんてことないわ」
「12月ですよ。そんな季節に川に入った私たちもおかしいですけど、びしょ濡れで変えるのはもっとおかしいです」
「……」カクカクシカジカ
麗華の言葉を聞いて何やらジェスチャーし始めるイヴに、紅葉から「……
自分でもみんながわかっていないことが不思議なくらい分かりやすいので、もちろんと言うまでもなく通訳してあげた。
「自分もくしゃみをしたから悪い。濡れて帰るべきなのは自分だ……ってさ」
「イヴちゃんが気を遣わなくていいのよ。くしゃみくらい誰だってするもの」
「……」カチカチコチコチ
「だったら川で転ぶのも珍しいことじゃない。紅葉が濡れて帰るなら、自分もそうする……ってさ」
「ダメですよ、イヴさん。もし風邪でも引かせたら、ノエルさんに怒られてしまいます」
「……」シュン
「落ち込んでるね」
「それは伝わってるわよ」
そのやり取りを経てイヴは絶対にタオルに包まれることが決まり、どちらが入るかの取り合い……では無く譲り合いが続く。
普通なら頭まで濡れている麗華が入るべきだし紅葉もそう言ったが、麗華にとって彼女は客人だから優先すべきだと主張した。
その優しさのぶつけ合いを眺めていた僕は、分厚いバスタオルに包まれて幸せそうにボーっとしているイヴへと手招く。
そしてそっと言い合っている2人の側まで移動すると、広げたタオルで全員まとめて包んでしまった。
「そもそも、2人しか入れないって前提がおかしかったね」
「……そう、みたいね」
「……少し窮屈ではありますが」
「……♪」
確かに普通に歩きたいのなら2人が限界だっただろうが、トコトコ歩きでもいいなら全員が入る余裕がある。
まあ、背丈の差の問題で、紅葉は前が見えなくなってしまっているけれど。
何はともあれ、3人でぬくぬくしている様子は譲り合いから喧嘩に発展するよりかは遥かに幸せ感満載だ。
僕は自分のしたことに満足しつつ、「瑛斗さんも入りますか?」なんて聞いてくる麗華の誘いは丁寧に断って、3人を別荘まで誘導するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます