第556話

 みんな揃っての食事を終えた僕たちは、8分目くらいまで膨れた腹と相談して少し散歩へ行くことにした。

 晋助しんすけさんと瑠海るうなさんは、それぞれ仕事と食器の片付けで残ることになったけれど。


「空気が美味しいってこういうことを言うんだね」

「ふふ、この山は丸ごと白銀しろかね家のものですが、別荘を建てた場所以外の木に手は付けていませんからね」

「産業社会から切り離されたオアシスってところね。たまにはこういうところに来るのも悪くないんじゃない?」

「……」コクコク


 もしも排気ガスなんかが充満してガスマスクが必須の世紀末になったら、こういう場所は奪い合いになるんだろうなぁ。

 そんな妄想をしつつ、別荘からそう遠くない場所を流れる緩やかな川までやってくると、そのほとりに腰を下ろして目を閉じた。

 普段の生活でも耳にしているはずの音が、この場所でははっきりと聞こえる。どれもこれも自分が今、落ち着いていることを教えてくれる音だね。


「……ん?」


 少しウトウトしてきたなと言う頃、服の袖を引っ張る感覚で現実に戻された。

 僕はこちらを不安げな目で見つめてくるイヴに首を傾げると、彼女はキョロキョロと辺りを見回しながら体を寄せてくる。

 この何かを恐れて隠れるような仕草……そうか、自然の多い場所の水辺はイヴにとって危険な場所かのだ。


「大丈夫だよ、この辺りにカエルは出ないから」

「……」プルプル

「私たちが安心して遊ぶために、カエルはお父さんが駆除したんです。蛇を使って寄り付かないようにもしたので、居たとしても数匹ですよ」

「……」ブンブン

「イヴちゃんは一匹でもいたら無理そうね。先に帰ってもいいわよ、私が送っていくから」

「……」


 カエルは怖いから帰りたい。ただ、紅葉くれはの優しさに甘えて迷惑をかけるのはイヤだ。

 そんな葛藤があったのかもしれない。彼女は小さい声で「うぅ……」と唸ったかと思えば、何かを思いついたように手を叩いてこちらを見つめる。

 そして必死にジェスチャーで唯一とも言える解決策を伝えた結果――――――――――――。


「……」クイクイ

「あっちだね」

「……」クイクイ

「左に曲がればいいの?」


 僕が彼女を背負い、彼女の足になることで、カエルのいるかもしれない川に体をつけなくていいようにしたのだ。

 少しばかりこちらの負担が大きい気もするけれど、みんなで楽しむためには仕方の無いこと。

 そう割り切って、クイクイっと服を引っ張られた方向へと進んでいく。気分は中に乗り込まれるタイプの巨大ロボットだよ。


「……」ポチッ

「いや、さすがにミサイルは打てないよ」

「……」シュン

「そんな落ち込まれてもなぁ」

「……」ポチポチ

「くすぐったいから何回も押さないで」


 そんなやり取りをする僕たちを羨むような目で見ていた麗華れいかが、「ミサイルならこの別荘の地下に……」と言いかけて紅葉に止められた。

 もうほぼほぼ分かったようなものだけれど、空耳だったことにしよう。爆発物の上で寝るなんて体験、貴重でもしたくはないからさ。


「……」クイクイ

「はいはい、こっちね」

「……♪」

「楽しそうでなによりだよ」


 海で二人用の浮き輪に乗った時もそうだったけれど、イヴは本当に甘えるのが上手だ。単に僕が助けたがりなだけなのかもしれないけれど。

 そう思いながら川から上がった僕は、イヴを大きな石の上に座るように下ろす。

 いくら軽いとは言え、女子高生を背負って歩くのはそれなりの体力を消耗する。今の僕には少しばかり休憩が必要だ。


「ねえ、瑛斗えいと。私もイヴちゃんと同じようにして欲しいんだけど……」

「おんぶして欲しいの? してあげたいけど、今は疲れてるから麗華に頼んで」

「それじゃ意味ないのよ」

「どうしても僕がいいなら休憩後ね。待てないなら、寝てる僕に乗っかっててもいいけど」


 そう言いながら、広くて平べったい石のベッドの上にうつ伏せに寝転ぶ。

 紅葉くらいの体重なら、むしろ疲れた体にいいマッサージになるだろう。そう思っての言葉だったのだけれど―――――――――。


「瑛斗に……乗る……?」


 何を想像したのか、顔を真っ赤にした彼女の拳ドリルが数秒後には僕の右お尻にめり込むことになるのであった。


「痛い……右のお尻だけ腫れちゃうよ……」

「ふん、変なこと言う瑛斗が悪いんだから」

「何のことか分からないんだけど」

「自分の胸に聞いてみなさいっ!」


 そう言われてそっと手を当ててみたけれど、聞こえてくるのは心音と『なんでだろう?』という変わらない疑問だけだったことは言うまでもない。

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