第553話

 あの後、リビングにやってきた晋助しんすけさんに挨拶をしてから、僕たちはそれぞれ部屋へと案内された。

 やっぱり僕はあの人にあまり好かれていないらしい。あからさまに麗華れいかとの間に立って、近付くなという空気を発していたからね。

 相変わらず瑠海るうなさんに邪魔されて、可哀想なくらい冷たく追い払われていたけれど。


「ところで、他にメイドさんは居ないんですか?」

「毎月掃除のためにメイドが来ていますが、旦那様方の滞在期間中は私のみです」

「だったら、料理とか手伝った方がいいわよね」

「いえ、必要ありません。私一人の方が早く終わりますので、くつろいでいてください」

「確かに、そうですよね」

「……ですが、その申し出は嬉しかったです」


 彼女は少し照れているのか、僕たち全員の荷物を軽々持ち上げると、心做しか早足で階段を上っていく。

 一人2、3kgはあるであろう荷物に重みを感じさせないあたりはさすがだけれど、やっぱり瑠海さんも普通の人なんだね。

 メイドさんで、影の暗殺者で、運動神経抜群で滅多に笑わないけれど、何も変わらない僕たちの友人だ。


「こちらが紅葉くれは様のお部屋となります」


 2階へ上がった一番手前の部屋は紅葉に割り当てられた。中を覗いてみると、来客のための部屋だとは信じられないほどに広い。

 ベッドも僕ですら両腕を広げて寝られるくらいだから、紅葉なら2人くらい寝られるかもね。こんなこと言ったら腹パンされるから言わないけれど。


「あら、一人部屋なのね」

「はい。お部屋は十分にございますので」


 少し残念そうな顔をした紅葉だったが、全員一人部屋なら問題は無いと割り切ったのだろう。

 荷物を置いてくると、トコトコと小走りで次の部屋へ向かう僕たちの後を追いかけてきた。

 紅葉の部屋の斜め前にある部屋は、イヴに割りあてられた。それを配慮してなのか、その隣はノエルのものにする予定らしい。


「じゃあ、僕の部屋はその斜め―――――――」

瑛斗えいと様のお部屋はもう少し向こう側になります」

「あれ、ここにも部屋がありますけど……」

「そちらの部屋は窓にヒビが入っております」

「じゃあ、こっちは?」

「そちらは天井に穴が空いております」

「だったらここは?」

「机の引き出しの中に、時計の漂う青い空間とおかしな機会が浮かんでおります」

「……それ、タイムマシンですよね?」

「冗談です。ベッドが汚れておりましたので、ただいまクリーニング中でございます」


 怪しいと思ってそれぞれの部屋を覗いてみると、確かに言われた通りになっている。

 ただ、こうもそれぞれの部屋で些細な問題がひとつずつ起こるものだろうか。

 そう考えているうちに、気が付けば廊下の突き当たりまで全ての部屋がダメと言われてしまった。正面にある最後の扉の向こう側を除いて。


「瑛斗様のお部屋はこちらになります」

「随分とみんなから離れてるんですね」

「申し訳ございません」

「まあ、部屋があるだけありがたいですけど」


 窓のヒビやタイムマシンならともかく、消しても壁に恐ろしいシミが出るだとか、泊まった人だけに悲鳴が聞こえるなんて部屋を指定されなくてよかった。

 まあ、現実的に考えればシミの原因は壁の中に通っているパイプから何か漏れていて、悲鳴の方は建物やベッドの軋みとかだろうけれど。

 それはそれで嫌なので、何も無いシンプルな部屋と言うだけで特別感すら覚える。


「ところで、既に荷物が置いてあるみたいですけど」

「はい。お嬢様の荷物でございます」

「とりあえず置いたのかな。運び出すの、手伝いますよ」

「その必要はありません。気付いていますよね、ベッドが二つあることに」

「……やっぱりそういうこと?」

「ふふ、察しがよくて助かります」


 瑠海さんがぺこりとお辞儀をすると、その横を抜けてきた麗華がにっこりと微笑みながら僕を部屋の奥へと連れていく。

 そしてベッドに座らせると、その隣に腰を下ろしてグイッと顔を近付けてきた。


「これだけ離れていれば、夜中に何をしても気付かれないですね♪」


 その後、紅葉からもうバッシングを受けた彼女が、渋々隣の部屋へと移動して行ったことは言うまでもない。


「隣、やけにお腹が鳴る部屋だけど大丈夫かな」

「瑛斗様、それは冗談でございます」

「……」

「……」

「……?」

「いや、イヴの真似をしたわけじゃないよ」

「……」コクコク

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