第552話
しばらくリビングで待っていると、
服装はお嬢様らしいきっちりとした物になっていて、最終的には言われるがままに従ったらしい。
彼女は踏み心地のいいカーペットの上を歩いてくると、イヴが座っている椅子の横で立ち止まってにっこりと笑った。
「イヴさん、そこは私の席なのですが……」
「……?」
「いえいえ、起こっているわけではありませんよ。ただ、リビングのイスには家族それぞれに専用のものがあるんです」
麗華はそう言いながらイスの後ろ側へ移動すると、座席部分の側面を指差す。
そこには丁寧に手で彫られたらしき文字で、彼女の名前が刻まれていた。
言われてみれば、並んでいるイスの内の3つ、部屋の隅に並んだ2つも合わせれば5つだけ色が違っているではないか。
黒で統一された大半の椅子には全て『来客用』と彫られているところを見るに、僕たちが使っていいのはこっちらしい。
「私は別に構わないのですが、お父さんが怒ると思うので。気を付けていただけますか?」
「わかったよ」
「……」コクコク
「黒に座ればいいのよね。覚えておくわ」
「ありがとうございます」
麗華の手前、色違いには座らないと約束はしたけれど、やっぱり特別感漂うものには興味を引かれてしまうよね。
麗華は3人家族、他に席があるのは不自然だろう。そう思いながら名前を確認した直後、どう反応でいいか分からずに思わず動揺してしまった。
「そこにあるのは変ですよね、お姉ちゃんの椅子」
「いや、そういう意味じゃ……」
「私たち家族も分かってるんですよ、二度と誰も座ることは無いって。でも、やっぱりお姉ちゃんの名前が刻まれたものを捨てることは出来ないんです」
「そう、だよね。亡くなっても家族じゃなくなるわけじゃないもん。軽率な行動だった、ごめん」
「そんな深刻そうな顔しないで下さい。毎年ここに来るのも、お姉ちゃんの服や写真はほとんどこちらへ保管してるからですし」
麗華によれば、ずっと近くに置いておくと、悲しみを乗り越えたとは言え、胸が痛まない訳では無い。
だから、毎年一度だけ亡くなった我が子に会いに来る気持ちで別荘を訪れるらしい。
この習慣の始まりは、レイコで会った時の麗華が自らの嘘から少しでも目を背けたいがために言い出したことなのだが。
「僕たち、来てよかったのかな」
「いいんですよ。皆さんは関係なく楽しんで下さい」
「そう言われても、あまり騒ぐのも申し訳ない気分になるわね」
「別にお墓参りではないんですよ?」
「……」シュン
今の話を聞いて明らかに口数が減った様子に、麗華はパンパンと手を叩いて明るく振る舞う。
一番俯いてしまいそうな本人だと言うのに、気を遣わせてしまうのも悪い。僕と紅葉はこっそり目配せをすると、いつも通り振る舞うことにした。
「軽率な行動を反省した直後に聞いていいのか分からないんだけど……」
「何でも言ってください」
「もうひとつの椅子って誰のなのかなって」
「ああ、
「え、どうしてあの人の椅子があるのよ」
紅葉がそう聞くと、2人分のお茶を用意していた瑠海さんの手が一瞬だけ止まる。
すぐに動き出したものの、麗華の「家族だからですよ」という言葉にまた止まってしまった。
「瑠海はメイドの教育を受ける前、私たちのお姉ちゃんでしたから。お父さんが実の娘のように可愛がって、椅子をプレゼントしたんです」
「お嬢様、そのお話はちょっと……」
「私とも仲良くしてくれましたけど、お姉ちゃんとはもっと仲が良かったんですよ。頬にキスをされて照れているなんてことも――――――――――」
「お嬢様?」
「ふふ、これ以上はやめておいてあげましょうか」
「そうしていただけると助かります」
まだ他に仲良しエピソードがあるのかと興味を引かれたけれど、話してもらえないのなら無理に聞き出すのも気が引ける。
そう思って黙っていた僕たちはその後、瑠海さんの椅子まで部屋の隅に置かれている理由を聞いて、やっぱりこの人はいい人だと頷いたことはまた別のお話。
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