第551話

 出発から約2時間、途中でサービスエリアに寄って休憩がてらお菓子を買ったりしつつ、僕たちは目的地である別荘へとやって来た。

 麗華れいかから別荘は山にあるとは聞いていたけれど、建物だけではなく山自体も白銀しろかね家の持ち物らしい。

 こういう場合、勝手に山に入ってキャンプをしたら捕まっちゃうのかな。廃墟ですら入ったら違法だって言うくらいだし。

 そんなことを考えながら、僕たちは瑠海るうなさんに案内されるがまま数歩後ろを着いて行った。


「あちらがお泊りいただく別荘になります」


 そして、車を停めた場所から少し歩いた先でそう伝えられた僕は、予想よりも遥かに大きなソレを見て固まってしまう。

 だって、別荘と言うと所沢だとか軽井沢だとかの別荘地にあるようなのを想像するよね?

 荷物を準備する上で必要だろうと、別荘が大体どんなものなのかも調べておいたし、あっても少し大きな一般住居かコテージ的なものだと思い込んでいた。

 けれど、実際に目の前にあるのは普段麗華たちが住んでいる本家と同じレベルの御屋敷。周りを木に囲まれていなければ、一キロ先からでも分かりそうなほど立派な建物である。


「別荘ってなんだっけ」

「私に聞かないで。持っていないもの」

「……」コクコク


 別荘と言うにはあまりに規模が大きすぎる。僕たちがしばらく足を動かせないでいると、いつの間にか瑠海さんが連絡したらしい。

 入口の大きなドアが開いて、勢いよく麗華が飛び出してきた。……何故か、全身迷彩服を着た姿で。


「皆さん、ようこそ!」

「「「……」」」

「鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、どうしたのですか?」

「いや、どうして迷彩服なのかなって」

「あ、これはせっかく山に来たので自然に溶け込もうかなと思ったんですよ」

「溶け込むってそういう意味じゃないでしょ。どう考えても、御屋敷と不釣り合いすぎるわ」

「……」コクコク


 おかしいと思っているのは他の2人も同じなようで、やけに本格的な迷彩服を前に若干引いてしまっている。

 確かに自然と一体になり、自然と語り合うことは大切ではあるけれど、これはあまりにも形から入りすぎなんじゃないかな。

 まあ、他の誰に見られる訳でもないから、服装くらい好きにすればいいとも思うけれど。


「そうですか? でしたら、すぐに着替えてきます。庶民の方はこういう場ではどんな服装をするのでしょうか」

「別に部屋着でいいわよ、屋敷の中にいたら気分すら変わらないでしょ」

「一応、今の服も部屋着として買ったのですが……」

「どこの誰が部屋の中で茂みに隠れるのよ。迷彩はいいけど、その分厚い上着は絶対重いでしょうが」

「では、こちらを脱げはいいんですね?」


 紅葉の言葉を受け、チャックを開けて上着を脱いだ麗華。しかし、部屋着だという発言は本気だったらしい。

 その下に薄っぺらいノースリーブのシャツしか着ていないことに気が付くと、慌てて上着をひったくった紅葉が僕に見えないように体を隠した。


「何も着てないなら先にそう言いなさいよ!」

「シャツがあれば平気です。自室ではたまにこの格好でゴロゴロすることだってありますし」

「お嬢様が聞いて呆れるわ。いいから、さっさといつも通りの服に着替えに行くわよ」

「な、何がいけないんでしょうか……」


 困惑しながら背中を押された麗華は、紅葉と一緒に廊下の奥へと消えていく。

 おそらく、防御ガチガチな迷彩服からの無防備な格好というギャップを気にしたのだろう。確かに露出した肩なんかは、男子高校生の目には毒だもんね。


「では、御二方は先にリビングの方へお連れ致しますね」

「放っておいても大丈夫ですか?」

「お嬢様は時々ズレている時がありますから。紅葉様でしたら安心して任せられます」

「瑠海さんもそう思ってくれてるんですね」

「もちろんです」


 一瞬、ほんの少しだけ笑ったように見えた彼女の表情は瞬きの間に元に戻ると、それからはメイドの顔で淡々と廊下を進み始めたのだった。

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