第549話

 あれから約束通り紅葉くれはとゴロゴロした僕は、太陽が去りゆく空を見上げながらため息をこぼした。

 だって、家には珍しく奈々ななが居ないのだ。食事は残りのを食べるか出前を取るか、あるいは自分で作ることも出来るから問題ない。

 ただ、二人暮しの身にとって一人で食べる食事が寂しいものになるということは、きっと言うまでもなく伝わるだろう。


瑛斗えいと、今日はウチで夕食にしない?」

「え?」

「どうせ奈々ちゃんがいなくて寂しいとか思ってたんでしょ」

「どうしてそれを?」

「友達一号の直感ね」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「分からなくてもわかりなさい」


 これはさすがに暴論すぎるけれど、紅葉が優しさで誘ってくれていることは伝わってきた。

 僕がせっかくだからとお願いすると、すぐお姉さんに伝えに行って了承を貰ってきてくれる。やっぱり持つべきものは友達だよ。

 そんなことを思いながらウンウンと頷いていると、お姉さんがご飯を作ってくれている間に何か話そうと紅葉が僕のすぐ隣に腰を下ろした。


「そう言えば、別荘ってどんな感じかしら」

「さあ、僕も聞いてないね」

「海で泊まったところみたいに寝る場所が別れてたら、きっと取り合いになるわ」

「枕の?」

「瑛斗のよ。どうしてベッドが足りてるのに枕が足りない想定なのよ」

「紅葉が枕投げして破っちゃうから……」

「そんなお子ちゃまじゃないから」


 軽く肘で攻撃してくる彼女に、「僕は枕投げしたいな」と伝えたら、「まあ、付き合ってあげないこともないけど」と返してくれた。

 なんだかんだ言っておきながら、紅葉も枕投げは嫌いじゃないらしい。あれはぼっちの憧れだからね、嫌いな人の方が少ないよ。


「今回は奈々ちゃんが居ないから、2人部屋だったら瑛斗の隣は確実に空くのよね」

「まあ、そうなるのかな。ノエルが年越しの生放送に出なきゃ行けないから、もしかしたらイヴと同室になるかもだけど」


 前もそうだったが、ノエルとイヴが参加する以上、2人は同じ部屋になりたいと言うだろう。

 その場合、ノエルが遅れればイヴは一人で寝なければならないわけで、さすがに寂しいと言われれば手招きしてあげたくなるのだ。

 家族が来ていない者同士、慰め合える部分もあるかもしれないし。何なら、奈々とノエルについて一晩語り合ってもいいかもしれないよね。

 さすがに寝不足でクマが出来ても嫌だから、最終的には寝ちゃうとは思うけど。


「ねえ、瑛斗」

「どうしたの?」

「もし、誰と同室になるかって聞かれたとするじゃない?」

「うん」

「その時は、私って答えてくれる?」


 人差し指で自分を指さしながら、不安そうな上目遣いで首を傾げる紅葉。

 その指先は微かに震えていて、望んだ答えが返ってくるという確信が持てていないらしかった。

 それに、麗華れいかやノエルからすれば、彼女のやっていることは抜け駆けと言われても仕方の無い裏交渉。

 本人もそれが分かっているようで、返事を待つ時間が長くなればなるほど、瞳の揺らぎは段々と大きくなっていった。


「ご、ごめんなさい。今のは忘れて、瑛斗の選択は私が決めることじゃ――――――――――」

「いいよ」

「…………んぇ?」

「2人部屋だったら、紅葉と一緒を選ぶ。今日、夕食に招待してくれたお礼もあるし」

「そういうつもりで招いたわけじゃないわよ? そっちは単なる善意で……」

「じゃあ、お礼はナシにする?」

「アリでお願いするわ」

「そう言うと思った」


 こうして闇取引に成功した紅葉がその後、トイレに行くと部屋を出ていった先で、鼻歌を歌いながらお尻をフリフリしていたところを姉に見られて赤面したことはまた別のお話。


「くーちゃん、何かいいことあったのかな?」

「な、なんでもない……」

「なんでもないのにお尻振ってたの?」

「うぅ、そうじゃないけど!」

「やっぱり何かあったんだ? お姉ちゃんにも教えて欲しいなぁ♪」

「は、話したら見たことは内緒にしてくれる?」

「もちろん♪ 私はお姉ちゃんだからね!」

「あのね、実は―――――――――」


 夕食中、嬉しさのあまりお尻をフリフリしていたことを瑛斗に暴露され、紅葉が姉への復讐を誓ったことは言うまでもない。

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