第547話
着替えよし、パジャマよし、その他諸々もよし。必要なものをメモに書いて、入っていることを確認すれば、横にチェックを付けて足りないものを探していく。
使い慣れた枕も持っていくかと一瞬悩んだけれど、さすがにカバンが膨れ上がってしまうのでやめておいた。
「……」ツンツン
「どうしたの?」
「……?」
「まだ、何か必要なものがあった?」
僕の質問に対し、指で四角い何かを表現してから、まるで噛み付くようなジェスチャーをするイヴ。
脇を締めた状態で短い腕を表現している辺り、おそらく恐竜の類だろう。四角い枠と恐竜、この2つのヒントから連想されるものと言えばあれしかない。
「日本地図はいらないよ」
「……」シュン
「今の時代、スマホで地図は見れるし」
「……」コクコク
「必要なら、イヴは持っていけばいいんじゃないかな。多分、範囲が広すぎて使えはしないと思うけど」
「……」コク
旅行に行く時は地図を持っていると、スマホを無くしたり充電が無くなっても安心ではあるけれど、今回行くのは
地図はなくとも一緒に行動すれば問題は無いだろうし、そもそも紙媒体で
そんなものが出回っていたら、空き巣や強盗たちの格好の餌場になっちゃうからね。
「じゃあ、これで準備は完了だね。イヴもこれを参考に、帰って用意して来たら?」
「……」コク
「ノエルが忙しいなら、一緒にやってあげるといいかもね。イヴになら、勝手に触っても怒らないだろうし」
「……♪」
いいことを聞いたと言わんばかりに頷いた彼女は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら部屋を出ていく。
しばらくすると、玄関のドアが閉まる音が聞こえたから、言われた通り帰って支度をするのだろう。
元々自分の話し声以外はなかったが、一人になった途端少し寂しくなった気がするので、何気なくベランダに出て
けれど、返事は返ってこない。出かけているのか、昼寝でもしているのかなと締まったカーテンの隙間を覗き込む。
その瞬間、床に横たわる彼女の姿が見えて、僕は咄嗟に向かいのベランダへと飛び移り、窓を開こうと思いっきり引っ張る。
しかし、鍵がかかっているらしく、ビクともしないそれは諦めて、さらにその隣のベランダへ移動すると、運良くこちらは窓が開いていた。
緊急事態に
「え、
不自然にカーテンが閉まっているのを見た時に気付くべきだった。女性の部屋のカーテンが閉まっている時は、見られたくないことをしている時であると。
「こんにちは、お姉さん」
「こんにちは……って冷静過ぎない?! 私着替えてる途中なんだけど」
「それどころじゃないんです。紅葉が隣の部屋で倒れてるのが見えて……」
「え、くーちゃんが?」
「何かあったんじゃないかって心配なんです」
「あ、ちょっと、お姉さんも一緒に行くよ!」
駆け足で部屋を飛び出すと、お姉さんも後を着いてくる。僕は鍵のかかっていなかった紅葉の部屋のドアを開けると、まだ倒れている彼女に駆け寄った。
そして呼吸の有無を確認しようとして、紅葉の意識が普通にハッキリしていることに気が付く。目だって開いていて、表情は……歪んでいる。
「えっと紅葉、どうしたの?」
「くっ……こ、小指が……」
「小指?」
「ぶ、ぶつけた……」
そう言った瞬間、痛みを思い出したのか瞳に涙がじわっと滲んだ。確かに小指が赤くなっている、ベッドの脚にでもぶつけたのだろう。
「なんだ、大変なことかと思って心配したのに」
「私にとっては大変なことよ!」
「ほら、もう元気になった」
「……うっさい」
不機嫌そうに顔を背けた彼女の小指を優しく撫でてあげると、彼女はくすぐったいのか足を引っ込めて睨んできた。
どうやらもう心配はいらないらしい。ホッとため息をこぼした僕は、いつの間にか自分の背後へ向けられていた彼女の視線を辿って振り返る。そして。
「お姉ちゃん、どうして下着姿なの?」
「……てへっ。これは瑛斗くんのせいだよ」
「瑛斗、お姉ちゃんに何をしたの」
「何もしてないよ、本当だよ」
「瑛斗くんが強引に部屋に入ってきてぇ♪」
「……瑛斗?」
「僕は何も悪くな―――――――――――」
その後、お姉さんのせいで起きた誤解が解けるまで、延々と卑下するような目で睨まれ続けたのだった。
まあ、後でお姉さんがポカポカ叩かれているのを見てスッキリしたから満足だけどね。
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