第546話

 クリスマスから数日が経って、今日は12月30日。


奈々なな、本当に一緒に行かないの?」

「前々からカナちゃんと2人で過ごすって決めてたんだもん。お兄ちゃんと居られないのは悲しいけどね」

「だったら、カナも一緒に来れば……」

「ダメダメ。カナちゃん、来週何かの試験があるとかで出かけてる暇ないらしいから」

「それなら仕方ないね」


 そんなやり取りがあって、奈々はカナの家へ向けて出発してしまった。

 カナは相変わらず短期留学やら資格試験やらで忙しいようで、最近はたまにメッセージのやりとりをする以上の交流がない。

 中学からの後輩なだけあって何か力になりたいとは言ったのだけれど、今僕と会うと何かが折れそうだからと遠ざけられてしまった。

 だから、強引に奈々を引き止めることも出来なかったのだ。僕の代わりに助けになってくれるといいんだけどね。


「……僕も明日の準備をしようかな」


 明日の朝、瑠海るうなさんの運転で別荘まで連れて行ってもらえるらしい。

 その場所が山の中ということは事前に聞いているので、虫除けスプレーと虫刺されの塗り薬は既にカバンの中に入れておいた。

 あと準備するのは服と―――――――――なんて考えながら階段へ向かっていると、突然インターホンの音が廊下に響く。

 どうやら予定にない来客らしい。小走りでドアへ駆け寄って開けてみると、そこでちょこんと立っていたのはイヴだった。

 招かれざる客だけれど、彼女なら別に困ることは無い。突然来られて困るとすれば、千聖ちさとさん辺りだろうか。

 また罵って欲しいなんて言われたら、今度こそ全力で拒んでトイレに引きこもっちゃうよ。


「いらっしゃい。どうしたの?」

「……」

「四角い箱? いや、カバンかな。麗華れいかの別荘に何を持っていくのか、確認しに来たんだね」

「……」コクコク

「電話でもしてくれればよかっのに」

「……」フリフリ

「僕の顔が見たかったって? なかなか嬉しいこと言ってくれるね」

「……♪」


 ジェスチャーお世辞も達者なイヴは、「これから準備するところだから、一緒にして覚えるといいよ」という言葉に頷いて着いてきてくれる。

 階段を昇っている途中に思ったことだけれど、そういえばイヴは僕をどう思ってるんだろう。

 いや、友達か友達じゃないという意味じゃなく、自分で言うのもなんだけど双子の姉が思いを寄せている相手をどう感じるかという意味で。

 イヴは、紅葉くれはや麗華もいる場で中立的な立場にいるかと思えば、たまにノエルが有利になるよう働きかけたりしてるからね。

 もしかしたら今日来たのも、何かノエルのための目的があるんじゃないか。悪いとは思いながらも、そんな風に少し疑っちゃうよ。


「このカバンで行こうと思ってるんだけど」

「……」コク

「虫に対抗する術はもう入れてあるよ」

「……」フムフム

「イヴは蚊に刺されやすい方?」

「……」フリフリ

「やっぱり。蚊は体が大きくて体臭のする人を刺しやすいらしいから、きっとイヴより僕みたいなのが狙われるよ」

「……?」


 僕の言葉を聞いて首を傾げた彼女は、トコトコとこちらへ近付いてきて鼻をクンクンとさせた。

 そして『体臭なんてしないけど?』と言いたげな目でこちらを見つめてくるので、「汗をかいた時はきっと臭うよ」と返しておく。

 僕だからまだ良かったけれど、いきなり人の匂いを嗅ぐのは驚かせちゃうだろうからやめるように言っておくべきなのかな。


「あ、女の子ならいい香りがする虫除けがおすすめなんだってさ。柑橘系とか好きかな?」

「……」コク

「奈々のために用意したんだけど、行かないことになっちゃったから代わりに使ってくれない?」

「……」コクコク

「ありがとう」


 未開封のスプレー缶を受け取った彼女は大事そうにそれを持ってきたカバンに入れてくれる。

 そんな様子を眺めながらふと思い出したことを口にした僕は、もう少し考えてから言うべきだったと後悔するのであった。


「そう言えば、別荘から少し離れたところにカエルがたくさんいる池があるらしいから気を付けてね」

「っ……?!」

「あ、別荘近くには来ないらしいから安心して」

「……」プルプル

「そんな、行くのやめるなんて言わないでよ」

「……」ブンブン

「イヴ、落ち着いて。深呼吸だよ、深呼吸」

「……」ウルウル

「な、泣かないで……」

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