第545話

 あれから紅葉くれは麗華れいかがハンモックを取り合って、強引に2人で乗ったせいで支柱が倒れたりと大変なことになった。

 そのせいで、やっぱり危険だからと箱に片付けられてしまったのだけれど、奈々ななとノエルも使いたいだろうから必要な時だけ出すことにしよう。

 きっと、組み立てはまた説明書と睨めっこすることになると思うから、なるべく無しで我慢してもらいたいよ。


「じゃあ、また今度ね」


 帰る支度を終えた2人を見送りに玄関へやってくると、靴を履き終えた麗華がこちらを振り返りながら何かを思い出したように声を漏らした。


「ひとつ伝え忘れていました」

「何か用事?」

「私、お正月に別荘へ行くんです。今年は瑛斗えいとさんたちを誘ってもいいとお父さんが……」

「瑛斗たちってことは、私も含まれてるのよね?」

東條とうじょうさん以外の皆さんです」

「……」

「う、嘘ですよ?! そんな悲しそうな顔しないでください!」

「……あほ猫被り女」

「東條さんは呼びたい人リストの2番目に載ってますから安心してください」

「ふん、勘弁してあげるわ」


 紅葉はあくまでツンとした態度をしているつもりなようだが、存在しないはずのしっぽがブンブン回っている様子が目に見える。

 僕はそんな光景に仲良しだなぁと微笑ましく思いつつ、「別荘には信介しんすけさんも行くの?」と聞いてみた。


「そのつもりのようです。お父さんのこと、やっぱり苦手ですか?」

「苦手というか、僕をあまりよく思ってないみたいだったから。愛娘が取られるかもって考えたら、あの反応も頷けはするんだけど」

「それなら心配はいりませんよ。私が瑛斗さんのいい所をたくさん話したおかげで、最近は何も言い返してこなくなりましたから」

「それ、単に落ち込んでるんじゃ……」

瑠海るうなも変なことしないか見張ってくれてますし」

「絶対、報復に怯えてるだけだよ」


 僕自身が悪いことをした訳では無いけれど、ここまでされているのかと思うと信介さんが気の毒に思えて仕方がない。

 次に会ったらさりげなく謝っておこう。そう心の中で頷きながら、帰っていく2人の背中を手を振りながら見送るのだった。

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 翌日、紅葉経由でお姉さんに呼び出された僕は、りんごジュースやりんごタルト、りこぴんパフェとりんごラッシュの誘惑に導かれているうちに、気がつけばタワーマンションの前へとやってきていた。

 入る前から分かってはいたが、ここの最上階は紗枝さえの家。僕はまた家庭教師代役として連れて来られたらしい。


「久しぶりだね、プリンちゃ……ん?」


 いつの間にか合鍵まで持っていたお姉さんに背中を押されて上がらせてもらうと、リビングでくつろいでいた紗枝が不満そうな顔でこちらを振り返った。


「プリンって言うなっての」

「……その頭、どうしたの?」

「な、何かおかしいか?」


 僕の反応に不安げな表情を見せた彼女は、いつの間にか金色だった部分まで綺麗な黒になっている髪をクルクルと弄りながら照れたように視線を逸らす。


「前のプリン頭も好きだったけど、真っ黒なのもすごく似合ってるよ」

「そ、そうだろうな。だって、あたいはS級を目指してるくらいなんだから」

「紗枝ならきっとなれるよ。もちろん、髪色なんて関係無くね」

「これは気合を入れるために染め直しただけだ」

「……あ、そっか。そろそろ受験だもんね」


 僕の場合は退学した人の穴を埋めるために、特別な措置を使って転校してきたけれど、本来はテストでいい点を取らなければ春愁しゅんしゅう学園高校には入れない。

 他にも判定でランクが高かったり、スポーツ推薦という道もあるが、新入生のほとんどは入試を通過してくる。

 紗枝はずっと、その日のために頑張ってきたのだ。身だしなみを整えるという験担ぎも、自信に繋がるなら好きなだけやればいい。


「まあ、F級が目の前にいる時点で縁起悪いかもだけどね」

「んなこと言うなよ。先生が居たから、あたいはもっとあの学校に行きたくなったんだ」

「嬉しいこと言ってくれるね」

「もうひとつ、嬉しいことを言ってやろうか?」

「是非とも聞かせて」


 少し前のめりになりながら頷いた僕の横を通り過ぎた紗枝は、「やっぱり合格してからのお楽しみだ」と笑いながら自室へと入って行った。


「瑛斗くん、今日はあなたにお願いするね。それが紗枝ちゃんのお願いだから」

「分かりました。後輩の力になれるなら、いくらでも付き合いますよ」

「ふふ、お姉さんはここでテレビでも――――――」

「……音、小さくして下さいね」


 その後、バラエティを見て大笑いするお姉さんの声に、紗枝が掴みかかりそうな勢いで怒ったことはまた別のお話。

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