第543話

 クリスマスパーティーを無事に終え、翌日のクリスマスをダラダラと過ごした僕は、26日にさっそく遊びに来た紅葉くれは麗華れいかにジュースを出していた。


「まさか、プレゼントの件が本気だったなんてね」

「当たり前じゃない。このハンモックを私が使わせてもらうんだから」

東條とうじょうさん、私ではなく私たちです。がめついにもほどがありますよ」

「まあまあ、2人とも喧嘩しないで」


 同時にプレゼントすることになったハンモックは、嬉しいことに2人とも気に入ってくれたらしい。

 これを置いたせいで部屋が狭く感じることと、一人しか乗れないので取り合いになるところは目をつむるしかないかな。

 何はともあれ、あっち向いてホイで勝ったことにより占有権を得た紅葉の、ゆらゆらと揺られている穏やかな表情を見れば、いい買い物をした気分になれて鼻が高いよ。


「では、だらけている東條さんは放置して、先にプレゼントを渡してもいいですか?」

「くつろいでいると言いなさいよ。ていうか、それなら私も一緒に渡すわ」

「いいんですか? 一度降りたら、占有権の保持者は私に交代しますけど」

「ぐっ……し、仕方ないからもう少し待ってあげる」

「はい。アホみたいな顔して黙っていてくださいね」


 麗華はまだ言い返そうとする紅葉の鼻をつまんで大人しくさせると、カバンから手のひらに乗る大きさの箱を取り出した。

 彼女はそれを差し出すと、「開けてみてください」とワクワクした様子で急かしてくる。


「なんだろう、蜂蜜かな」

「……蜂蜜が良かったですか?」

「そんなことないよ。大きさから予想してみただけ」

「それでしたら、少し小さいのでガッカリさせてしまうかもしれませんね」


 リボンを解いて、被せられている蓋を開けてみると、スポンジのようなものに作られたくぼみにピッタリとハマっていたソレを取り出した。

 これは見間違えようのない腕時計だ。派手なものを好まない僕でも付けられそうなデザインでありながら、どこか高級感は損なっていない。

 よくよく観察してみれば、内側に『EITO HAZAMA』と名前が彫ってある。わざわざ用意してくれたのかな。


「すごく嬉しいよ。でも、こんな高価そうなものを貰ってもいいのかな」

「元々、プレゼント交換で始めに用意した品なんです。ですが、瑛斗えいとさん以外に渡る可能性を考えると別のものにするしか無く……」

「そうだったんだ」

「それに、確かに高価ではありますが、普段から私が融資をしている方がご厚意で作って下さったものなので、金額の方は気になさらないで下さい」

「そう言って貰えると助かるよ。文字盤についてる宝石の名前を聞いて、怯えずに済みそうだからさ」


 実物を見たことがない僕でも、これがおそらくダイヤモンドであることは何となく察せる。

 麗華の日々の交友関係の賜物を簡単に受け取っていいのかという気持ちもあるけれど、名前まで彫っておいてもらって断る方が失礼だ。

 さすがにこれを着けて歩く機会はないだろうけれど、家のどこかへ大切に飾っておこう。


「ところで瑛斗さん」

「どうしたの? あ、腕時計のお礼に僕も何かお返しした方がいいかな」

「いえいえ、腕時計自体がお礼ですから。また何か頂いてしまうと、私も別でプレゼントを用意してきちゃいますよ?」

「無限ループだね」

「もちろん、プレゼントを頂けることは嬉しいですが、出来れば次回は婚約指輪でお願いします♪」


 その言葉に思わず「えっ」と声を漏らした僕に、麗華は「冗談ですよ」と笑うと、今度こそ本来伝えようとしていたことを口にしてくれた。


「瑛斗さん、プレゼントの意味って考えたことはありますか?」

「意味?」

「ほら、ホワイトデーにマシュマロをあげると脈ナシみたいな感じです」

「なるほど。考えたことはないかな」

「でしたら、腕時計をプレゼントする意味はきっと分かりませんよね」


 僕はニコニコしながら「お手洗い、お借りしますね」と部屋を出ていく麗華を見送ってから、彼女が言っていたことをネットで調べてみた。


「へえ、溶けてなくなったり味が淡白で飽きやすいことから、マシュマロをお返しするのは良くないんだってね」

「……いや、調べるのはそっちじゃないでしょ」

「つい気になっちゃって」


 その後、ちゃんと『腕時計 プレゼント 意味』で検索した僕が、麗華の伝えたいことを知って少し嬉しくなったことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る