第540話

 完璧に8等分されたケーキをそれぞれお皿に移し、萌乃香ものかが乗せたサンタさん型の砂糖人形はイヴのものになった。

 丸ごと糖分だからって、他のみんなは誰も欲しがらなかったんだよね。受け取った本人は、嬉しそうに赤い帽子の先端をかじかじしてるけど。


「それでは、いただきましょうか」


 麗華れいかはそう言って自分のケーキにロウソクを1本だけ立てると、それに火をつけてから部屋の電気を消しに行く。

 クリスマスケーキを食べる前と言えば、やはりクリスマスの歌を歌わなければならないから。

 まあ、それぞれの家庭でやるやらないは違うだろうし、萌乃香は「サプライズゲストですか?!」なんて的外れなことを言ってた辺り歌わない家庭なのだろう。

 ノエルが耳打ちして教えてあげていたから、何とか歌い始めには間に合ってたよ。音が外れてるのは気にしないでおこうかな。


「皆さん、手を合わせて下さい」


 歌が終わると電気を付け直し、ついにケーキを食す時間だ。もちろん試食なんてしていないから、どれだけ上手くできているのかも知らない。

 僕はこの日、人生で初めてクリスマスケーキをドキドキしながら食べた。結果は言わずもがな、すごく美味しかったけど。


「冷凍したクリームとは思えないわね」

「我が家のメイドのレシピは完璧ですから」

「はぁ、いいですね。私も将来、先輩みたいにメイドさんを雇えるくらいのお金持ちになりたいです」

「私は瑛斗えいと君のメイドがいいなぁ♪」

「……?」

「いや、アイドル辞めないよ? もちろんメイドじゃなくてお嫁さんがいいし……」

「だ、大胆な告白です!」


 和やかだったクリスマスパーティは、ノエルの言葉に対する萌乃香の『告白』というワードで火がついたように見える。

 ケーキへ向けられていたいくつもの視線がこちらへと向けられると、紅葉くれは、麗華、奈々ななの3人が一斉にフォークで突き刺したイチゴを差し出してきた。

 その様はまるで、プロポーズで指輪を差し出しているかのよう。ジェンダーについて問われるこの時代に言うのは気が引けるけれど、受け取る側が逆なんじゃないかな。


「抜け駆けは許しませんよ、ノエルさん」

「一人だけ告白なんてずるいわ」

「私だって告白したいです!」

「え、いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃ……」


 急な展開に戸惑ってしまったノエルも、負けじとイチゴを差し出して応戦。

 グイグイと詰め寄ってくるところを見るに、受け取ることすなわちその人物の告白を受け入れることになるのではないだろうか。

 さすがにこれが正式なものになるとは思わないけれど、少なくとも受け取られた相手は他の3人より調子に乗るだろうね。

 こういう時の逃げ道は大抵、参加していない人から受け取るというのが定石なんだけど……。


「……」

「……?」


 イヴは既にイチゴどころかケーキも食べ終えているし、萌乃香はこちらの展開をキラキラした目で見守っているからどちらも頼れそうにない。

 こうなったら、いっそのこと誰かを選ぶべきなのかな。そう頭を悩ませていると、壁のごとき4人のイチゴ差出人の間をすり抜けてきた人物がいた。

 彼女、イヴは僕の手元にあるお皿を見つめると、物欲しそうな目でチラチラと何かを主張してくる。

 ケーキが欲しい……わけではないらしい。切って差し出してもフリフリと首を横に振られてしまった。


「イチゴ?」

「……」コクコク


 さすがは食いしん坊さんだ。人のイチゴまで欲しがると嫌われそうなものだが、こうも素直にねだられると不思議とあげたくなってしまう。

 僕が「仕方ないなぁ」と言いながら食べさせてあげると、彼女はジェスチャーでお礼を言ってからトコトコと壁四人衆の向こうへ消えていった。

 その様子を見つめていた彼女たちはと言うと、鉄壁に思われていた陣営は次々に崩れ落ち、みんなしゅんと俯いてしまう。


「これではイチゴの交換が出来ません……」

「私たちよりイヴちゃんを選ぶのね」

「酷いよ、お兄ちゃん!」

「確かにイヴちゃんは超可愛いけど、私よりあの子にイチゴをあげたいだなんて……」


 その光景を見て、唖然とした僕が「イチゴってそんな大層なものだっけ?」と呟いたことは言うまでもない。


「はぁ、イヴちゃんに美味しいところを持っていかれましたね」

「イチゴだけにって? 上手いこと言うわね」

「……東條とうじょうさん、寒いですよ」

「え、私が悪いの?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る