第536話

 ケーキの盛りつけを始めてから20分ほどして、クリームを全体に塗る作業とフルーツをカットする作業が終わった。

 あとはこれらを乗せて、最後にホイップクリームを適度に絞れば完成だ。


「うへへ、美味しそうです……」


 ケーキに触れられない萌乃香ものかはと言うと、一人でくつろいでいるのも退屈だからと、こちらへやってきてみんなの手元を観察している。

 そんな腹を空かせた子犬のような目で見られると、何だかひとつひとつの動きに力が入っちゃうね。失敗出来ないぞって感じで。


瑛斗えいと、そろそろ乗せていくわよ」

「担当を分けましょう。私がイチゴをやります」

麗華れいか先輩、いきなり主役を取るんですか?」

「……」ジー

「わ、わかりましたよ。私はパイナップルにします」

「だったら、4人でイチゴジャンケンね」

「僕は何でもいいから3人でやって」


 そんな感じで各々が乗せるフルーツを割り振り、結果としてはイヴがイチゴ、奈々がバナナ、紅葉がブルーベリーになった。

 小学生の時、奈々は一時期あだ名をバナナにされて落ち込んでいたことがあるから、ちょっと複雑な気持ちだよ。

 本人が気にする素振りはないから、考えすぎなだけだとは思うけれど。


「何等分になるのでしたか?」

「参加者は7人だけど、奇数に切るのは難しいわね」

「それなら8個に切って、瑠海るうなさんに持って帰ってあげたらいいよ。あの人なら一人でも作れちゃいそうだけど」

「いえ、きっと喜びます。仕事が入らなければ、顔だけでも出したかったと言っていたので」

「それは残念だよ」


 ケーキを8等分するため、イチゴがそれぞれにひとつずつ乗るように確認しながら乗せていく。

 こういうのって切ってから乗せるのがいいのか、それともホールケーキの完成を見届けてから切るのがいいのか悩むよね。


「……♪」

「綺麗に乗せれましたね。次はバナナです、これも一枚ずつ乗せておきましょうか」

「別に何か少ないからって文句を言うような人たちではないと思いますが、だからこそ公平にしておくべきですよね」


 麗華の言葉に頷いた奈々が、イチゴの近くにバナナを並べていく。これだけでも十分に美味しそうだが、続いてパイナップルとブルーベリーも丁寧に置いていった。

 そして、空いているか所には僕がホイップクリームを絞っていく。お店のケーキにみたいに綺麗にはならないけれど、少し下手な方が手作りの温もりを感じられるよね。

 いや、お店のケーキも手作りではあるんだけど。


「じゃあ、最後に萌乃香」

「わ、私ですか?!」

「この砂糖で出来たサンタさんの人形を真ん中に乗せるの。麗華に用意してもらったんだ」

「む、無理ですよぉ……ケーキを台無しにしちゃいますから!」


 ブンブンと首を横に振る彼女に、普段なら仕方ないと諦めて他のみんながやってしまうだろう。

 でも、萌乃香が何も出来ないと分かっていながらずっとここにいたのは、本心では何かしたいと思っているからなのではないか。

 そう僕には思えて仕方がなかった。だから、最低限と言ってはおかしいけれど、簡単かつケーキのデコレーションとしては大事な部分を任せることにしたのだ。


「萌乃香さんがやらないと完成しませんよ?」

「働かざる者食うべからずって言うじゃない」

「先輩、早く早く!」

「……」ワクワク


 みんなの声に背中を押されて人形を受け取るも、緊張から手が震えてしまっている。

 これでもし本当に失敗してしまったら、萌乃香は一生ケーキ屋の前を通る時に怯える人生を歩むかもしれない。

 そう思うとどうしても心を鬼にし切れなくて、僕は彼女の手に自分の手を重ねるようにしてそっと握ると、設置するのを手伝ってあげた。


「ほら、出来た」

「……ありがとうございます!」

「人形を握ったのは萌乃香だよ、離したのもね。僕は促しただけだから」

「そんなこと言って、私がトラウマを克服できるように助けてくれたんですよね?」

「考え過ぎだよ」


 そう言って微笑みあった数分後、調子に乗ってケーキを運ぼうとした萌乃香が転びかけて、泣きながら僕にケーキを渡したことは言うまでもない。


「ケーキ、怖いですぅ……」

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