第534話

 帰宅と同時に久しく会っていなかった母親と顔を合わせた僕は、その十数秒後には床に正座をさせられていた。


「お母さんはね、別に息子がどんな女の子と親しくなろうが口出しをしたりはしないわよ?」

「……はい」

「でもね、家に女の子だらけってのはどうなのかしら。紅葉くれはさんから聞いたわよ、他の参加者もみんな女の子なんですってね」

「その通りでございます」

「あなたが恋愛云々に興味が無いことも、母親として受け入れたつもりだけれど……本当に人様に言えないようなことはしてないわよね?」

「人様に言えないようなこと?」

「その歳なら分かるでしょう。子供が出来るようなことはしてないかって聞いてるのよ」


 母さんのその言葉を聞いた瞬間、ただでさえ赤かった紅葉の鼻から鼻血がツーっと垂れる。

 真っ先に気が付いたイヴがティッシュを持ってきてくれたから助かったものの、本人も放心状態なせいでピクリとも動かなかった。

 ちなみに、必死に顔を逸らしている奈々も鼻血こそ出さないが似たような反応をしている。

 勘違いされそうだから、二人とも勝手に想像して赤くなるのは勘弁して欲しい。


「してないよ。僕は節度のある人間だからね」

「私だって信じたいわよ。でも、紅葉さんの反応を見たら怪しいにも程があるじゃない」

「母さんが変な事言うからでしょ。紅葉はピュアな子なんだから」

「……確かに、今時この話題で鼻血を出すような子はなかなかいないわね」


 どうやら何とか疑いの目を引っ込めてくれたらしい。ただ、今度は僕の母親としての目で紅葉を見ると、ようやくティッシュを詰め終わった彼女を腕を組みながら観察し始めた。


「紅葉さん、可愛いわね」

「か、かわっ……?!」

瑛斗えいととは同じクラスって言ってたけど、いつ頃から仲良くしてくれてるのかしら」

「ご、5月頃でふ! あ、いや……です……」

「転入してすぐってことね。良い友人がいるようで安心したわ」


 ため息混じりにこぼした言葉は本心なようだが、母さんが本当に聞きたいのはその先にあることらしい。

 少し表情の緩んだ紅葉にグイッと詰め寄ると、真っ直ぐに目を見つめながらはっきりとした口調で質問を投げかけた。


「あなた、瑛斗をどう思ってるの?」

「どう……と言うのは?」

「本当に友達止まりなのか、それとも異性として意識しているのかってことよ」

「そ、それは……その……」


 言葉に詰まる様子から本心を察した母さんは、「ふーん、そうなのね」と頷きつつ僕の方へと視線を戻す。

 それから「まあ、好きなものは仕方ないけど……」と呟きながら脚を組むと、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。


「あの子は来るのかしら、麗華れいかさん」

「あれ、どうして麗華のこと知ってるの?」

「離れてる間に色々あったのよ。で、来るの?」

「もうすぐ来ると思うよ」

「そう。お母さんね、瑛斗には麗華さんと結ばれて欲しいのよ」

「……は?」

「だってあの子、しっかりしてるじゃない。瑛斗みたいな男には、引っ張ってくれる女の子がピッタリだと思うわ」

「そうかもしれないけど、そんなすぐに決められることじゃないよ。僕だけじゃなくて、麗華の気持ちだってあるんだし」

「何よ。お母さんはそのためにわざわざ戻ってきたんだから、話をするまでは帰らないわよ」


 そう言い終わるが早いか、インターホンが家の中に響き渡る。この時間ならおそらく麗華だろう。

 僕が出迎えに行こうとすると、それよりも先に母さんが走っていって玄関を開けた。実に元気だ、もうそれなりの歳だと言うのに。


「へ? ひ、HIFUMIさん?!」

「こんにちは、麗華さん。いきなりだけど一つ質問してもいいかしら!」

「か、構いま―――――――――」

「あなた、瑛斗のことは好き?」

「突然そんなことを聞かれても……」

「さっさと答えなさい」

「ひっ……だ、大好きです!」


 ほぼ脅迫されて言わされたように見えるが、本人の口から答えを得られた母さんは満足げにこちらを振り返った。

 そしてグッと親指を立てると、『これで麗華さんの気持ちはクリアね』と言わんばかりの笑顔で僕を見つめてくる。


「さあ、結ばれてもらうわよ」

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