第533話

 クリスマスイヴ当日の昼前。僕は最寄りのショッピングモールにやって来ていた。

 ケーキやクッキーの準備は整っているけれど、最後にもうひとつ足りないものがある。そう、飲み物だ。

 せっかく集まってパーティーをするのなら、飲み物がお茶では少し味気ない。もちろん、好みはそれぞれだから烏龍茶も用意はしているけれど。

 だが、それでは僕の気が収まらなかった。この日のために前々から予約していたのだから。


「これが……クリスマス限定のりんごジュース……」


 そう、予約限定で千本のみ販売されたちょっぴりお高めなりんごジュースを。

 有名ブランドのりんご農家がいくつか提携し、どの味も殺し合うことなく引き立て合う最高のブレンド具合を求めたりんごマイスターの最高傑作。

 これを飲むためにクリスマスイヴという日が存在していると言っても過言ではない。それくらい、僕はこの一瓶に期待しているのだ。


「りんごジュースは確保出来たし、次は向こうお店かな」


 ウキウキ気分でそんな独り言を呟いていると、横を通り過ぎたお孫さん連れのおばあさんから微笑ましそうな目で見られた。

 けれど、今の僕はこう見えてテンションが上がっている。にこやか(自称)に会釈をしてつま先を方向転換させ、軽やかな足取りで次の目的地へと向かう。

 実は、ショッピングモールに来たのはりんごジュースのためだけではない。別に注文していたとあるものを受け取るためでもある。


「いらっしゃいませー!」


 そのとあるものと言うのは、簡単に言うとみんなで交換し合うクリスマスプレゼントだ。

 誰に渡るか分からないから、無難なものがいいかとも思ったんだけど、逆に誰が受け取るか分からないからこそ攻めたものにするべきかもしれない。

 そう悩んだ結果、家の中でキャンプ気分を味わえるハンモックセットというものを選んだ。

 ……プレゼントの趣味が悪いことくらいわかっている。それでも人の決まっていない贈り物選びというのは予想以上に難しかった。

 だから、僕がもらえて喜びそうなものを選んでみたのだ。だってハンモックだからね、みんな一度は憧れるはずだよ。


「注文していた狭間はざまです」

「狭間様ですね。ご注文の品、届いております」

「ラッピングしてもらえますか?」

「ら、ラッピング……えっと、それはクリスマスプレゼントのラッピングでしょうか?」

「はい、そうです」


 店員さんは「かしこまりました」とお辞儀をすると、せっせと緑色にサンタさんやトナカイがプリントされた紙で包んでリボンを巻いてくれた。

 やはりハンモックをプレゼントは、第三者の視点から見てもおかしかったらしい。

 改めて認識すると何だか急に恥ずかしくなったので、代金を払ったらすぐに店を後にした。


「……プレゼント、喜んで貰えるかな」


 少し不安要素が出てきたけれど、買ったからにはもうどうにでもなれ精神でぶつかるしかない。

 予想よりも箱が大きかったことも……うん、気にしない気にしない。どうしても貰いたくないと言われたら、その時は別のものを用意しよう。

 今度こそ無難に猫の筆箱とか、猫の靴べらとか、猫のスリッパとかにすればいいよね。猫はみんな好きだろうから。

 そんなことを思いつつ電車に揺られ、そろそろデコレーションを始めた方がいい頃合に帰宅した僕は、ふと玄関に並んでいる靴を見て眉をひそめた。

 来ていることが分かっている紅葉くれはとイヴ、奈々ななの分も含めて3つ。それとは別に見覚えのない靴がもうひとつあるのだ。

 萌乃香ものかはケーキひっくり返し事件の再発防止のため、麗華れいかとノエルはそれぞれの事情で少し遅くなるはず。

 もしかすると、誰かが予定になかった人を誘ったのだろうか。そう思いながらリビングへと入った僕は、何やら背筋を伸ばして座っている紅葉の横に腰掛ける人物を見て「……は?」と声を漏らした。


「久しぶりに会えた一言目がそれなのね」

「いや、えっと、おかえりなさい。母さん」


 確かに予定にはない人物だったが、招かれざる客と言った方がいいだろう。

 しばらく仕事で離れて暮らしていた僕と奈々の母親、狭間はざま 一二三ひふみは。

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