第532話

 イヴを家まで送り届けた僕たちは、紅葉くれはも一緒に狭間はざま家に帰って、食べ物とは別の準備をすることにした。

 クリスマスには欠かせないもの……そう、クリスマスツリーである。あれがないと今年もやってきたかって気分になれないんだよね。


「どこにあるんだっけ?」

「確か2階の物置だったと思うよ」

「じゃあ、リビングまで運ばないとダメだね。紅葉……いや、奈々に手伝ってもらおうかな」

「ちょっと、今私じゃ無理そうって思ったでしょ」

「……いや?」

「嘘つくの下手過ぎよ」


 やれやれと呆れたように首を振る紅葉には悪いけれど、我が家のツリーは昔父親が無駄に大きなものを買って来たせいで一般家庭にしては大きめだ。

 僕の身長より大きなものを、ツリーの半分くらいしかない彼女に持たせるのはいくら二人がかりとは言え心許こころもとない。

 もちろん、紅葉が僕より力持ちだということは重々承知した上での判断だよ。万が一、足元が見えない状況で足を滑らせたりしたら困るからね。


「紅葉に怪我させたくないんだ、分かってよ」

「……仕方ないわね。他にやることは無いの?」

「それなら、一緒に来て飾り付けが入った箱を持って降りてくれる? あっちは重くないから」

「そうさせてもらうわ」


 そういうわけで、2階へ上がった廊下の突き当たりにある物置へと向かった僕たちは、先に紅葉には降りてもらってツリーを運び出した。

 奈々が先端を持ち、僕が根元を持つ。その状態で何とか角を曲がり、壁に傷を付けないまま階段を一段ずつ降りていく。

 もしここで奈々が手を離したり、ツリーを突き出したりしたら僕は一巻の終わりだ。

 そんなことを考えて身震いしつつも、ツリーを握る手の力は緩めずに一段、また一段と重ねるうちに気が付けば奈々の足が一階の廊下についていた。

 後はそう難しくない。紅葉が開けっ放しにしてくれていた扉からリビングに入り、同じく紅葉が設置しておいてくれた土台にツリーを刺すだけ。

 これは毎年やっているからこなれたものだ。まあ、去年は奈々が手伝ってくれるような状況じゃなかったから一人でやったんだけれど。


「コンセントを差して……これで電源を入れたら光るはず」

「その前に飾り付けしようよ」

「それがいいわね」


 奈々の案に賛成した僕たちは、箱の中からキラキラしたボールやら雪だるまのキーホルダーやらを取り出してツリーに引っ掛けていく。

 高いところは僕がやっても良かったけど、下ばかりってのも不満そうだったから、後半は紅葉を持ち上げて飾り付けさせてあげた。

 数分かかって完成したツリーは、トナカイの引くソリの飾りには雪だるまが乗っているし、消えたサンタはよく見れば宙ずりになっているしで、ものすごく歪だ。

 けれど、満足のいく出来ではある。何より手がけた二人が清々しいほどにいい顔をしているから、もうこれ以上何か手を加える気にはなれなかった。


「もう明日クリスマスイヴなのね」

「ようやく実感が湧いた?」

「ええ、今年は何だか早かった気がするの」

「僕もだよ。楽しかったからかな」

「……同じこと、言おうとしてたわ」

「今更だけど、紅葉に会えてよかった」


 僕の心からこぼれ落ちたような言葉に、彼女は少し驚いたような顔をしてからクスリと笑う。

 その表情はまるで、『私もよ』と言ってくれているようで、こちらまで思わず口角が上がってしまう。


「はいはい、妹の前でイチャイチャしないでくださーい!」

「ちょ、ちょっと……別にイチャイチャなんてしてないわよ!」

「そうだよ、奈々。普段はなかなか言えない日頃の感謝を伝えてるだけなんだから」

「お兄ちゃんはそうかもしれないけど、傍から見たら完全に告白まで行く雰囲気だったからね?」

「こ、告白?!」

「いくらクリスマスイヴ前だからって、世間の雰囲気に流されてそんなことしないよ」

「……まあ、そうよね」


 何故か僕の言葉でしゅんとしてしまった紅葉は、「瑛斗えいとが私に告白なんてするわけないもの……」と呟きながらとぼとぼと歩き出す。

 そのままリビングを出て帰ろうとする彼女を見つめていると、バツが悪そうな顔をしていた奈々が背中をトンと押してきた。


ってのは言い過ぎだったんじゃないかな。撤回した方がいいと思うよ」

「雰囲気に流された告白はしないって言っただけなんだけど……」

「それを先輩は勘違いしてるんだよ。あれじゃ、告白なんてしてやるもんかって捉えられてもおかしくないんだから」

「……つまり?」

「追いかけて家まで送ってあげて。1分で着くだろうけど、謝るには十分でしょ?」


 「ほら、早く!」と強めに押し出され、僕はそのままの勢いで玄関を飛び出した。

 とぼとぼと歩いていた紅葉はまだすぐそこにいたけれど、その背中はいつもよりさらに小さく見える。

 確かにその気はなかったとしても、悪いことを言ったかもしれない。その謝罪の意味も込めて、僕は彼女の横に並んで言った。


「家まで一緒に歩いていいかな」

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