第530話
クッキーが焼きあがったら、先程のイヴのようにチョコペンなどでそれぞれ絵を描いて行く。
元々絵は得意じゃないから、チョコペンだともっと歪なものになっちゃったけれど、楽しければそれでいいよね。
……犬を描いたつもりなのに、
「おお、
「ふふ、絵は習っていたことがあるんです」
「本当に上手いわね。描きづらくないの?」
「もちろん紙よりは難しいですが……」
麗華はどうやって伝えようかと首を捻ると、興味ありげにとあるアニメのワンシーンが描かれたクッキーを見つめる紅葉の背後に回った。
そして彼女の手にチョコペンを握らせると、その手の上から自分の手を添えてクッキーに絵を描き始める。
「力の調節をこまめにするんです。後は垂らしたチョコを先端で伸ばしたりも」
「そ、そうね」
「
「わかってるのよ? でも……」
「……もしかして、私の顔が近くて緊張しちゃってるんですか?」
「っ……」
図星と言わんばかりに肩に力を込める紅葉。麗華はそんな様子にニヤニヤとしつつ、口では「リラックスですよ」なんて言いながらもさらに体を密着させた。完全にからかって遊んでいるらしい。
女の子同士がこうしてイチャイチャするのは当然だという迷信を聞いたことはあるけれど、紅葉はそういうことに慣れていないだろうからね。
ましてや麗華は彼女に比べて身長も高く、包容力があるのだろう。クッキーの甘い香りに包まれながら抱きしめられれば、ついつい心が緩んでしまうのも仕方が――――――――――。
「鬱陶しいわね! 別に体が触れるくらいなんてことないに決まってるでしょうが!」
「なら、どうして強ばっていたんですかねぇ?」
「顔にチョコが付いてるからよ」
「……誰のですか?」
「あなたの」
「…………っ?!」
それまで優位な立場にいると思い込んでいた麗華は、紅葉の指示通りに鼻の先端を拭った瞬間顔を真っ赤にした。
何せ、「いつ教えるべきか、分からなかったのよ……」なんて言われてしまえば、自分の行動の全てが恥ずかしく思えてしまうから。
「も、もっと早く言ってください!」
「言えるなら言ってたわよ。急に手を握られて戸惑ってるのに、教えられるほど強靭な心臓してないから」
「……すみません、取り乱しました。確かに悪いのは私ですからね」
彼女はメイドさんが持ってきてくれたウェットティッシュで鼻先を拭くと、それをゴミ箱に放り込んでこちらへ戻ってくる。
ただ、そこで気付いたらしい。チョコの件は別に紅葉でなくとも注意出来たはずだということに。
「
「先輩の恥ずかしいことを後輩に指摘させるんですか? 恐れ多すぎません?」
「あなたはそういうキャラじゃないでしょう。いつもズバズバと踏み込んでくるというのに」
「お兄ちゃんと鼻チョコを一緒にしないで下さいよ」
「鼻チョコって言わないでもらえます?」
まあ、第三者として奈々の言い分はよく分かる。僕だって
それが麗華自身もわかっていたからなのか、問い詰める標的はイヴへとスライドされた。
「イヴちゃんも見えてましたよね?」
「……」コク
「教えて欲しかったのですが」
「……」ジー
「な、なんですか?」
彼女は麗華の顔をじっと見つめると、人差し指に垂らしたチョコを麗華の鼻にちょんと付ける。
なぜこんなことをするのかと戸惑っている内に、今度は奈々の鼻、紅葉の鼻にもチョコを付け、最後には自分の鼻にも付けて満足そうに頷いた。
「……♪」
「……ふふ、これでみんな恥ずかしいですね」
「逆よ。みんな同じだから恥ずかしくないの」
「そうです。5人全員チョコ付きなんですから」
ケラケラと笑う3人と親指を立てる一人を眺めていた僕はその後、「……あれ、5人?」と首を傾げて自分の頬に触れたことは言うまでもない。
「……あ、付いてた」
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