第528話
形を作るという作業は単純なように思えて、案外いくつになっても楽しめるものだ。
実際、
イヴに関しては表情に変化は無いものの、何かの音楽に合わせているのか体が一定のリズムで揺れていた。
しかし、生地は寝かせた状態のままでは型抜き出来ない。丁度いい厚さに広げるという工程が必要なのだ。そう、この
「これがプロが使う麺棒ですか」
「いえ、そこらのデパートで売っているただの麺棒です」
「……プロの道具ではないんですか?」
「シェフの麺棒は、以前
「さすがですね」
「シェフは特注の麺棒しか使いたくないと言うので、一年待ちのものが届くまでは仕方なく他の者がこの麺棒を使っています」
「こだわりが強い人なんですね」
「もし届いたものに不満を漏らすようであれば、その麺棒で頭を殴って――――――――」
「もう少し穏便にやりましょうよ、ね?」
「……それが1番手っ取り早いと思うのですが」
「シェフ、死んじゃいますから」
道具にこだわりたくなる気持ちは分からなくもないし、ある意味わがままではあれど御屋敷のために料理を作り続けてくれている人だ。
瑠海さんの力で脳天をボコッとやったとなれば、料理の知識が全て吹っ飛びかねない。
安物の麺棒を握りしめる彼女を何とかなだめた僕は、待ち侘びているみんなのために生地を伸ばして渡してあげた。
「お兄ちゃん、ありがと! じゃあ、まずは星型にしようかな!」
「私はハート型にします。でも、四角いクッキーも美味しそうですね」
「……♪」
「わ、私の分も残しときなさいよ!」
4人が四方から型抜きをすると、大きめの生地もあっという間に穴だらけになる。
もう型が取れなくなったら、残った生地を丸めてもう一度伸ばす。それを繰り返せば、全ての生地をきっちりと使い切れるのだ。
「
「僕はいいよ、みんなが楽しそうなら満足だし」
「そう言わずに♪ せっかくですからね」
「そうだよ! やっとかないと後悔しちゃうよ?」
「……」コクコク
「そこまで言うならやるけど……」
上手く出来た出来なかったと笑いあっている様子だけで、そこそこお腹いっぱいになっていたけれど、ここで断るのは逆に空気を悪くしてしまう。
僕は促されるまま丸い型を受け取ると、それをかなり小さくなった生地の端の方にギュッと押し込んだ。
―――――――――これ、思ったより楽しいね。
「ほら、綺麗に取れてるじゃない」
「さすが瑛斗さんです」
「お兄ちゃんが型抜きしたのは、妹の私が食べてもいいよね!」
「……」シュン
「そ、そんな落ち込みます?! わかりましたよ、イヴ先輩に譲りますから!」
「……♪」
見事にクッキーを食べる権利を勝ち取ったイヴは、まるで月に旗を立てるかのようにチョコペンで『イヴ』と書き込む。
正直、チョコペンで文字を書くのは焼きあがった後の方がいいのだけれど、満足そうなのであえて口出しは控えさせて貰った。
その様子をじっと見つめていた他の3人はと言うと、何やらコソコソと話し合ってから僕の方へと詰め寄ってきた。
「瑛斗さん、ひとつでは物足りないでしょう。ほらほら、まだ生地はありますよ」
「あと3つくらいしたいでしょ。そうよね、そうに決まってるわよね?」
「イヴ先輩だけなんて、よく考えたらズルいもん。私たちの分も作って!」
「そんなグイグイ来なくても、お願い返してくれればいくらでも作るよ」
3人は僕の返事に嬉しそうな顔をすると、紅葉が生地を折りたたみ、麗華が伸ばして、奈々が運んできてくれる。
言葉も交していないというのに、ものすごい連携だ。これが世に言う女子高生特有の特殊能力なのだろうか。
「みんな、どの型がいいの?」
「瑛斗が選んだのでいいわ」
「瑛斗さんセレクトでお願いします!」
「私も私も!」
「……そう言われると悩んじゃうよ」
それぞれにピッタリな型を使うか、それとも適当に選んでしまうのか。
2分ほど考え込んだ僕が最終的に、『イヴクッキー』をメイドさんたちに見せびらかしているイヴを見て、全員お揃いのまん丸に決めたことは言うまでもない。
「同じなら文句ないよね」
「私のがちょっと大きいわ」
「それは
「ふふ、私のクッキーが一番愛情が籠ってますね」
「目に見えないものでよく胸を張れるわね」
「哀れにも程がありますよ」
「敗北者がさえずってますね〜♪」
結局、全く同じはずのクッキーを見せ合って、どんぐりの背比べをしてしまっていたけれど。
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