第524話
僕たちが昨日も来ていたことを伝えると、会えなかったことをすごく残念そうにしてくれたよ。
でも、昨日の仕事はすごく上手く出来た自信があるようで、しばらく興奮気味に土産話を聞かせてくれた。
仕事の出来る女性にアドバイスを貰ったおかげで、ようやく自分のすべきことが理解出来たらしい。言われてみれば確かに、少し大人っぽくなった気もしなくはないね。
「あ、すみません。自分のことばかり話してしまって……」
「いいよ。楽しそうだったから、こっちも聞き入っちゃってたし」
「自慢話は鼻につくけど、仕事をこなしてるところは素直にすごいと思うわ」
「紅葉先輩とは大違いですね」
「なんですって? もういっぺん言ってみなさい」
「紅葉先輩とは大違――――――――」
「何度も言うんじゃないわよ!」
「えぇ……」
理不尽に怒られている奈々とご立腹な紅葉は放っておくとして、僕たちは話を本題に移すことにする。
今日ここへやってきたのは他でもない、明日に控えたクリスマスイヴのための準備を始めるためなのだ。
パーティ自体はみんなの意見で僕の家でやるつもりだけれど、
お菓子作りが好きな僕もいつか使ってみたいと思ってたんだ。さすがに、シェフ専用のものとかは怖くて借りれないけど。
いや、正しくは麗華が頼んだら貸して貰えることになったものの、壊したらと思うと手が震えそうで遠慮したって言うべきかな。
普通に見える包丁ですら、一番安いヤツで数十万らしいからね。高校生のお遊びには果物ナイフで十分だよ。
「先程昼食の洗い物が終わったそうなので、今はシェフたちは休憩を取っています」
「じゃあ、今のうちに使わせて貰えるかな」
「材料の準備はメイドたちがしてくれているので、私たちもそれを手伝いに行きましょう」
「それがいいわね」
「お菓子作りは準備からですよ」
いつの間にか和解している紅葉と奈々を不思議に思いつつ、僕たちは部屋を出て厨房へと移動した。
そこにあったのは、倉庫らしき場所から取り出した材料を、ポイポイと放り投げて担当のメイドさんたちに振り分ける
受け取る側のメイドさんも手馴れているようで、手際よく袋を開いては重量計に乗せたボウルに注いで、せっせと準備を進めてくれている。
「突っ込んでいいのか分からないんだけどさ」
「どうかしました?」
「どうしてメイド長だけ、天秤を使ってるの?」
「先日、副メイド長が重量計を階段から落として壊してしまったんです。彼女はまだ若くて天秤の使い方を知らなかったので、代わりにメイド長が……」
「まとめ役も大変なんだね」
正直、デジタルよりも不正確な天秤を使うくらいなら他の人に任せた方がいいとは思うけれど、真剣な表情を見てしまえば口出しは出来ない。
まあ、売り物にする訳でもないし、若干の誤差があるくらいは許容範囲内だろう。そもそも、僕たちがやる作業を代わりにしてくれてるわけだし。
「瑠海さん、僕たちにも貰えますか?」
「もちろんです。5人分、ちゃんと取っておいてありますよ。ただ、もう一名が見当たらないのですが」
「ああ、イヴならもうすぐ来ますよ。昨晩はノエルと色々あったみたいで、寝坊したって連絡がありました」
「色々、ですか」
「そこは詮索しないであげて下さい」
「お嬢様のご友人の命令とあらば」
きっと、瑠海さんは純粋に気になっているだけなんだろうけど、僕は大体の察しは着いている。
イヴはノエルのことが大好きで仕方ないんだろうね。もしそんなノエルがどこかの男に取られたりなんてしたら……。
そう考えて身震いする僕の心中を読み取ったのか、紅葉と麗華が肩に手を当てながらじっと見つめてきた。
「居ないものは仕方ないでしょ」
「とりあえず、来るまでは私たちで分担しましょう」
「えっと、そうだね」
ノエルとの未来を想像したことがバレたのかとヒヤヒヤしていた僕がホッとする中、奈々だけがそこまで見透かしていたことに誰も気づいていなかった。
「目の前にいる女の子より、居ない人のことを考えるなんて……お兄ちゃんのばか……」
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