第522話

 あの後、おやつを持ってきてくれた夢香ゆめかさんに萌乃香ものかがパーティのことを話すと、快く「行ってきなさい」と言ってくれた。

 この様子だと、最初に少しあった僕たちへの不信感も払拭できたらしいね。ついでに「萌乃香、彼氏いないって聞き出しましたよ」と教えてあげたら、やっぱり少し落ち込んでから「瑛斗君、候補に入れておいてちょうだいね」と囁かれてしまったけど。


「候補って何のことです?」

「何でもないよ」

「何でもないことはないでしょ」

「わざわざ小声だったもん。大事なことのはずだよ!」


 3人ともなかなか痛いところを突いてくる。

 萌乃香には、自分みたいなのが親から彼氏候補に推薦されていることを知って引かれることを危惧しているんだけど、あとの二人は別の意味で知られたくなかった。

 特に奈々ななの方は、『お兄ちゃんを取るつもりだ!』なんて言って飛びかかりそうだからね。

 けれど、やっぱり女子が3人も集まると、それはもうものすごい圧を放ってくるわけで……。


「まさか、私たちに言えないようなこと?」

「妹に隠し事なんてお兄ちゃんらしくないよね?」

「お友達に秘密はなしですよ! あ、重大なことは隠しても大丈夫ですけど!」


 そして、またもや部屋の隅に追いやられた僕は、3分間の抵抗の末に口を割ってしまう。

 さすがに突然のハッという表情からの、涙目としゅんと肩を落とす仕草を見て見ぬふり出来るほど鬼に離れなかったのだ。


「も、もしかしてお友達じゃないから秘密にしてるんですか……?」

「……」

「おこがましいですよね、私みたいなのがお友達だなんて。すみません、調子に乗り―――――――」

「お友達だから全部話すよ。話すから泣かないで、泣かれたら罪悪感で舌噛み切りたくなるから」

「だ、大丈夫ですか?! すぐに手当を……口開けて舌見せてください!」

「いや、まだ噛み切ってないから」

「そうなんですか? よ、よかったですぅ……」


 ホッと胸を撫で下ろす萌乃香を眺めながら、僕が直前まで口をこじ開けようと伸ばされかけていた手を思い出して、思わず身震いしたことは言うまでもない。

 萌乃香は優しい子だけれど、有り余る行動力と器用さが釣り合っていないから、高確率で空回りしがちなんだよね。

 そこを制御出来たら小さな不幸も減らせると思うけど、何事にも猪突猛進なところが彼女の良さだろうから今のままでもいいかな。

 社会に出るまでには、幾分かマシになってもらった方が世間と彼女自身のためにはなるだろうけれど。


「そう言えば、今更だけど萌乃香の部屋って結構女の子っぽいよね」

「そうですか?」

「ほら、ベッドも本棚もピンクだし」

「えへへ♪ ピンクだったら、隠れ身の術使えそうだなって」

「おっと、理由は小学生男子っぽかった」

「冗談ですよぉ……ピンクが好きだからです!」

「だよね」


 僕が興味津々な目で部屋を眺めていると、彼女は照れたように「そ、そんなに見ないでください!」と頬を赤らめた。

 その様子を不満げに見ていた奈々と紅葉くれははと言うと、結託して僕を問い詰めてくる。


「それはつまり、私の部屋は女の子らしくないって意味よね? そうとしか捉えられないわ」

「お兄ちゃんなのに妹の部屋を可愛いと思ってないんだ? へぇ、悲しいなー?」

「そういう意味じゃないけど……」

「ならどういう意味なのよ」

「納得出来る答えじゃないと許さないからね」

「えっと――――――――」


 これは正直に答えるべきか、それとも方便で乗り切るべきか。女心なんて分かるはずもない僕が必死に頭を回転させていると、萌乃香がグッと親指を立てて見せてくれている。

 これはつまり、正直になっていいというサインなのではないだろうか。女の子である萌乃香が言うのだ、きっとその選択で間違いない。

 そう信じて口を開いた時はまだ知らなかった。その親指が『久しぶりに指相撲がしたい』という気持ちの表れでしかなかったことを。


「誰の部屋の配色が中学生男子ですって?! 元ぼっちの部屋に見栄え求めてんじゃないわよ!」

「出費のこと考えて買い替えてないだけだもん! 私だってお兄ちゃんに好かれるような可愛い部屋にしたいんだもん!」

「……なんか、ごめんなさい」


 胸に刺さった二人の言葉……特に奈々の『出費』というワードに大いに反省し、今度親の許可を取って2人でニ〇リに行こうと決意する僕であった。

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