第521話

 満足したところで人生ゲームを片付けた僕たちは、しばし遊びの休憩タイムをとることにした。

 本当ならベッドに寝転んで、感情の浮き沈みによる体感的な疲れを吸い取ってもらいたいところだけれど、さすがに女の子のベッドを使うのは気が引ける。

 例え、本人が「瑛斗えいとさんもどうぞ♪」と言ってくれたとしてもだ。


「いや、僕は遠慮しとくよ」

「そうですか? いつでも使っていいですからね」

「ありがとう。気が向いたらそうさせてもらうよ」


 お礼を伝え、ベッドの代わりにイスを借りて座らせてもらう。それをくるりと回して萌乃香ものかの方を見てみれば、彼女は遠慮しなかった妹と友人に挟まれてベッドに寝転んでいた。

 2人とも眠ってはいないものの、少しウトウトし始めているようで、両腕を抱き枕にされている萌乃香は何だか照れくさそうに微笑んでいる。

 こんな微笑ましい光景を見せられたら、気が向いたとしても割り込むことなんて出来そうにないよ。


「そう言えば、さっきから思ってたんだけどさ」

「何ですか?」

「萌乃香もクリスマスパーティに来ない?」

「……パーティ、ですか」

「嫌ならいいんだよ。他の友達との予定もあるだろうし、もしかしたらデートとかも――――――」

「な、無いですよ! 私なんかがデートだなんて、恋愛の神様に殺されちゃいます……」

「そんなことないと思うけど」


 随分と大袈裟だなと思いながら僕がそう言うと、萌乃香は天井を見上げたまま「そんなことあるんです」と主張する声を少しだけ強めた。


「瑛斗さん、恋稲荷こいいなり神社って知ってます?」

「恋愛成就の神様を祀ってるところだよね」

「はい。そこで起きた3年前のボヤ騒ぎのことは?」

「ニュースでやってたから覚えてるよ。放火だと思われたけど、調べたら落雷のせいだったって」

「……あれ、私のせいなんです」

「どういうこと?」


 彼女に話を聞いたところ、あの日は友達と一緒に恋愛成就のお守りを買いに行っていたらしい。

 中学の創立記念日だったこともあり、他に人はほとんど来ていない。並ぶことなくお守りを買った後、ついでに神様に手を合わせておこうという話になったんだとか。

 そして萌乃香たちがお賽銭を投げ入れ、心の中でお願いごとを強く念じた直後のこと。


 ピシャァァァァァァン!


 ものすごい轟音に顔を上げた彼女らは思わず腰を抜かした。自分たちの僅か数メートル先に、小さいものの炎が上がっているのを見てしまったから。


「雲一つない快晴だったんです。それなのに、私がお願いした瞬間にですよ?」

「さすがに考え過ぎだよ。恋愛成就の神様がそんなことで天罰を下すわけないし」

「やっぱり、みたらし団子よりきな粉餅が食べたいって願ったからですかね……」

「うん、原因はそれで間違いない。恋愛成就の神様に食べ物のこと願ってどうするの」

「だ、だってぇ……友達に連れていかれただけで、好きな人なんて居なかったんですよぉ……」

「だからって食いしん坊にも程がある」


 いくらなんでもそのせいで雷が落ちたとは思えないし、そもそもそれで自分の神社を燃やしたのならとんだマヌケ神である。

 晴れていても雷は落ちることがあると聞いたことがあるし、本当に確率の低い現象に遭遇したと言うだけの話だろう。

 それを僅か数メートルのところまで引き寄せたのは、萌乃香の不幸体質なのかもしれないけれど。


「それで、パーティには来ないの?」

「も、もちろん行きたいですけど……」

「けど?」

「その、過去に誘われた誕生日パーティで、ケーキをひっくり返したことがありまして……」

「一体何があったの」

「ちょっとお皿の中心からズレてるなと思い、軽く押しただけなんですよ? 気がついたらケーキは一直線に主役の子の顔へ飛んでたんです」

「ものすごい怪力だね。それでパーティがトラウマになったんだ?」

「いえ。何とか場を和ませようとしたんですけど、『悪ィな、〇〇ちゃんの顔がケーキを食っちまった。次は5段を買うといい』って言ったら1週間口聞いてくれなくなって……」

「完全に萌乃香自身のせいだね」

「えへへ、ですよね」


 理由を聞いた時は随分と拍子抜けしたけれど、事情がどうであれ今回のパーティでケーキをひっくり返さなければなんの問題もない。

 それを実現するための手段として、切り分けるまではケーキに触れなくていいようにすると約束すると、彼女は安心したように「行きます!」と言ってくれた。


「良かったね、紅葉。パーティがもっと賑やかになりそうだよ」

「ぼっちが染み付いた私には苦行になりそうだわ」

「三人寄ればぼっちじゃない」

「……それもそうね。クリスマスくらいは、私も陽キャの真似事でもしてやるわよ」

「僕はそれを眺めて笑ってるね」

「瑛斗も付き合いなさいよ、友達一号でしょ?」

「紅葉がどうしてもって言うなら」

「どうしてもよ」

「素直でよろしい」

「……なんかムカつくわね」


 その後、休憩は終わりと起き上がってきた3人とともに、負けたらしっぺ・痛みに耐えられなくなったら失格のバトルロワイヤルあっち向いてホイをやったのだけれど―――――――。


「攻も守も歯が立たないわね……」

「鉄壁過ぎますよ……」

「萌乃香はしっぺの比じゃない苦難を乗り越えたスペシャリストだからね」


 痛みを感じないのかと言うほどにビクともしない鋼鉄の腕と、彗星の如く振り下ろされる怪力のしっぺにより、3人連続でワンターンキルされたことはまた別のお話。

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