第519話

 自分の親の落ち込んでいる姿というのは見ていて胸が苦しくなるものだと思うけれど、友達の母親のそれも同じく真顔では見ていられない。

 僕は『萌乃香に彼氏がいない』と聞いて落ち込む夢香ゆめかさんを何とか励まそうと、思考をグルグルと回転させた。


「あ、でも、萌乃香はS級ですし、モテないことはないと思いますよ?」

「……S級?」

「はい、S級です」

「……それはもちろん私は娘をS級だと思ってるわよ。でも、あなたが言うのは何だか変な響きよね」

「いや、僕が判断したわけじゃないです。学校側がS級だと決めているわけで……」

「…………え?」

「…………ん?」


 目を丸くした夢香さんに聞いたところ、春愁しゅんしゅう学園高校がランク判定される学校だということは知っていたらしい。

 ただ、友達を家に招かず、学校での自分のことも話さない萌乃香がS級認定されていることは聞かされていなかったんだとか。

 彼女の場合、隠していたと言うより謙遜けんそん的な意味で『自分はそんな器じゃないですぅ』とあえて言わなかったのだろう。

 思わぬところでそんな大事なことを聞かされてしまった夢香さんからすれば、とんでもない大事件発生状態なのだろうけれど。


「えっと、あの子の何が評価されたのかしら」

「数値としては、容姿と反魅力が高いですね」

「反魅力?」

「魅力じゃないことが魅力に感じられるんです」

「要するに?」

「ドジなところも可愛い、みたいな」

「なるほど」


 詳しく説明していると、なかなか戻ってこないのを心配したのか萌乃香が部屋から出てきてキョロキョロとしているのが見えた。

 彼女はこちらに気が付くと、「どうかしたんですか?」と聞きながらこちらへ駆け寄ってこようとして、何も無いところでつまづいて転びそうになる。

 僕が慌てて受け止めたから良かったものの、確かにこれはドジだ。不幸体質な上にドジとなると、一緒にいる時は片時も目を離せないね。


「えへへ、足が痺れちゃいました……」

「気を付けてよ、怪我したら大変なんだから」

「ふふ、怪我してないので大変じゃないですよ♪」

「調子に乗らないの」

「はーい!」


 彼女は「皆さん、ボードゲームをしたいって言ってるので、早く戻ってきてくださいね!」と伝えると、トコトコと部屋に戻っていく。

 その際に扉に足をぶつけていたけれど、あの様子じゃいつ怪我してもおかしくないね。

 今だから言えるけれど、あれだけの事故に巻き込まれても残る怪我をひとつしていないなら、むしろ幸運体質なんじゃないかと思えるくらいだよ。

 自分で呼び寄せて回避してるだけだから、とんだマッチポンプなんだろうけどさ。


「じゃあ、僕もそろそろ……」

「待って」

「まだ何か聞きたいことでも?」

「その、本当に彼氏いないのよね?」

「少なくとも聞いたことは無いです」

「じゃあ……瑛斗えいと君、もらってくれないかしら」

「…………は?」


 会ったばかりの男に何言ってるんだこの人という視線を向けると、夢香さんは「だって、見たでしょ」と扉の方を指差す。


「あの子の『大変じゃないですよ♪』の時の顔。あんな表情、私にも見せたことないのに……」

「そりゃ、友達に向ける顔を母親には向けないですよ。今時の子供は難しいですし」

「いいえ、間違いなくあれは女の顔よ。ドジなフリして瑛斗君に抱きついたのね」

「もしそうだとして、作戦全ばらしする親ってどうなんですか。赤面ものですよ」

「さすが私の娘。旦那にかけたハニートラップと同じことをやってるわ」

「あの、聞きたくないんですけど」


 そもそもの話、萌乃香は頭が悪い。少なくとも、同じS級である紅葉くれは麗華れいかに比べると底辺も底辺だ。

 何せ、あの二人は学力がランクの数値に入るくらい高いのだから。僕の場合、他に特徴がないから入ってるだけで。

 言い方は悪いだろうけれど、頭の悪い人にハニートラップは難しいと思う。それ以前に萌乃香のソレは天然から来る無意識の産物だろうし。


「何より、胸のことでいじめられた本人が、ハニートラップなんて仕掛けますかね」

「……言われてみればそうね。あの子に春が来たのかと思って、お母さんつい興奮しちゃったわ」

「心配しなくても、萌乃香ならいずれ訪れますよ」

「そうあることを願うわ」


 その後、部屋に戻った僕は何を話していたのかと聞かれたけれど、3人から部屋の隅に追い詰められてべしべしされるまで吐かなかったそうな。

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