第518話

 掃除も終わったということで、とりあえずいらないものをまとめたゴミ袋は廊下に出して腰を下ろした。

 友達の家に遊びに来て早々労働をさせられた気分ではあるけれど、ちょうど押し入れから開封されずに保管されていたコタツが見つかったので入らせてもらうことに。

 この温もりと安らぎが賃金の代わりだといわれても、十分に納得ができるレベルで幸せを享受出来た。……ただし、1人で入ればの話だが。


「じゃあ、私も入るわよ」

「ずるい! 私も入りますからね!」

「えへへ、久しぶりのおこたです♪」


 おばあちゃん家出よく見るような大きなタイプであれば、四方から1人ずつ入るくらいなんてことは無かっただろう。

 ただ、もともと萌乃香ものかの部屋にあったものなだけあって、おそらく想定されている使用制限は2人まで。

 その倍の4人が入れば、取り合い競り合い小突き合いのオンパレード。主に対面同士で入った紅葉くれは奈々ななが足で乱闘していた。

 ちなみに、萌乃香と僕は足裏が触れ合った時点で互いに左右に避け合っているため、暗黙の了解で設定された国境は越えていない。


「奈々ちゃんはもう少し遠慮というものを知ったらどうなの?」

「紅葉先輩こそ、ただでさえ短い足を折りたたんでくれてもいいんじゃないですか?」

「……あなた、どうやら痛い目を見たいようね」

「望むところですよ、短足先輩」

「体に見合った長さなんだから別に短くないわよ」

「脚に見合った体は随分と薄っぺらいですね〜?」

「あなただって人のこと言えないでしょうが!」

「私はCですが何か?」

「Cだって小さい部類に入るはずよ」

「ふっ、晩年AAの先輩にはこの大きな差が見えないんですね。お可哀想に」

「Aよ! って言わせんな!」

「ぷぷぷ、永久スポブラ先輩♪」


 精神的ダメージによってエリアを勝ち取った奈々と、一方的にボコボコにされてぐったりとしてしまう紅葉。

 対称的な2人だったけれど、結局どっちもコタツの上にどっかりと乗っかった萌乃香のソレを見つめるとため息をついて突っ伏してしまった。

 逆に、どのタイミングで言い合いに参加しようかと見計らっていた萌乃香の方は、それを成し遂げられずに落ち込んでしまう。

 1人だけ仲間外れというのも何だか違和感があるので、僕も真似をしてぐったりとしておいた。……あ、この体勢楽かもしれない。

 そんなことを思いながら静寂に浸っていると、ガチャリとドアを開けて夢香ゆめかさんがお茶を持ってきてくれた。


「あら、片付けでみんな疲れさせちゃったかしら」

「別の意味で疲れてるんだと思います」

「何はともあれ、あなたたちが萌乃香と仲良くしてくれて良かったわ。これで私も安心していける」

「そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「―――――――――授業参観に」

「……どうぞ、好きなだけ行ってあげてください」


 思わずガクッとなりそうにはなったが、今でこそ冗談めかして言ってくれているものの、いじめがあった当時は笑い事ではなかったはずだ。

 並んで息子娘を見守る親の中に、自分の娘をいじめている人の親がいるのだから。安心して成長を見守るなんてこともままならないだろう。

 いまだに「宿敵ボインめ……」「悪魔的ボイン……」と落ち込んでいる2人には、自分たちが無意識にでも夢香さんの笑顔を支えていることを理解してもらいたいね。


「ねえ、瑛斗えいと君」

「なんですか?」

「ちょっとこっちに来て貰える?」


 夢香さんは他の3人が動く様子がないのを確認すると、僕に向かってちょいちょいと手招きをする。

 それに引っ張られるように廊下へ連れ出されると、彼女は声を潜めながらおそるおそる聞いてきた。


「私、学校でのあの子を知らないのよ。だから瑛斗君に聞きたいんだけど……」

「僕が知ってることならお答えしますよ」

「じゃあ……あの子、彼氏とかいるの?」

「萌乃香に彼氏、ですか」


 やけに真剣な眼差しに、僕が真実を話すかどうかを迷ってしまったことは言うまでもない。

 まあ、結局は圧に負けて「聞いたことないですけど……」と本当のことを答えたら、「やっぱりドジだからモテないのかしら……」と落ち込ませてしまったのだけれど。

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